嫉妬とうはなり打ち(6) 

山東京伝『骨董集』に描かれた絵の、右下の3人のおとなの見物人はすべて女性ですが、やはり女性が興味を持ったのでしょうか。子どもを抱き、背負い、手を引いています。ふと思うのですが、ここにもし男性の野次馬がいるとするなら、彼らはどんな顔で、どんな思いを抱きながらこの争いを見るのでしょうか。

    根っからの野次馬

ではいられないように思うのですが。
文字も細かく書かれています。
タイトルは「古画 後妻 打圖(こぐわ うはなり うちのづ)」。
右上には「此女後妻なるべし かしらにむすびたるはかづらひもといふものなり これふるきさまをゑがけるあかしなり さる楽(がく)の能の女のいで立に かづらひもをかくるはふるきふりなり 上古には 女男(めを)ともにかしらのかざりに蔓草(つるくさ)をかけしを 髪葛(かづら)といへり かづらひもはその遺風なり(この女が後妻であろう。頭に結んでいるのは「かづらひも」というものである。これは

    古体を描いた

証拠である。猿楽の能の女のいでたちに「かづらひも」をかけるのは古い風体である。上古には女も男も頭のかざりに蔓草をかけていたのを「髪葛」といった。「かづらひも」はその名残である)」とあります。右端の女性が頭に付けている「かづらひも」を説明して、古い時代を描いたものであると述べています。

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右下には「○うはなり打を見にあつまれる人のさま也」「追加望一後千句に「うはなりをうてる姿のおそろしや」といへる前句に「あらぬなげきをすり小木のさき」と付たりこれも此圖にすり小木をもてるさまをかけるによくあへり此千句は慶長元和の比の作なればふるし(望一の『後千句』に「うはなりを打てる姿の恐ろしや」という前句に「あらぬ嘆きをすりこぎのさき(「嘆きをする」から「すりこぎ」につなげる)」と付けてあるが、この絵にすりこぎを持っている様子を描いているのによく合っている。この千句は慶長、元和のころの作なので、古いものである)」とあります。「望一」は江戸時代前期の伊勢俳壇の人、

    杉木望一(すぎき もいち 1584-1643)

のことです。
左上には「此女前妻なるべし 和名抄 前妻 和名毛止豆女 云 古奈美(この女が前妻であろう。『和名抄』に『前妻 和名は もとつめ いわゆる こなみ』とある)。『和名抄』は平安時代の辞書です。
ついでですから左下の字も書いておきます。
「むかしむかし物語に臺所より打入といへることば此圖にあへり 同書 又いはく「昔はさうたう打に 二度三度たのまれぬ女はなし七十年ばかり以前 八十歳ばかりの老婆ありしが われら若きじぶん さうたう打に十六度たのまれ出しなどと語し」といへり 享保十八年かくいへるによりて 年歴を考ふるに およそ永禄元亀のころまでもありし事にやあらん」
これは既に述べた

    『昔々物語』

の一節を引いたものです。永禄、元亀は1570年前後で、70年ほど前に80歳くらいだった人が若い頃の話というとやはりこの時から130年前後遡った時期になり、永禄、元亀とまではいかないでしょう。

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