『源氏物語』逍遥ー虫の音しげき浅茅生ー(3) 

「虫の音」は「(母君が)泣く声」、「露」は「涙」のことです。「浅茅生」は丈の低い茅(ちがや)の生えているところを言いますが、ここではやはり荒廃した屋敷の比喩として用いられます。つまり「虫の音しげき浅茅生」は激しく泣いてばかりいる母君の姿そのものということになるでしょう。母君は娘の形見として装束や髪上げの品などを命婦に贈ります。
 命婦が内裏に帰ると、深更にもかかわらず、帝はまだ起きていて、女房たち数人に「長恨歌」を絵にしたものなどを話題に語らせていました。
 命婦が渡した母君からの手紙には
  荒き風防ぎし蔭の枯れしより小萩が上ぞ静心なし
  (いつも寄り添って激しい風を防いでいたものが枯
  れてから小萩のことが落ち着いて見られません)
とありました。帝の「小萩がもとを思ひこそやれ」に対応した歌です。更衣が亡くなってからは若宮のことが案じられてならない、というのです。
 命婦が贈られた更衣の形見の品を見せると、帝は
  尋ね行く幻もがなつてにても魂のありかをそこと知るべく
  (亡き人を尋ねることのできる幻術士はいないもの
  か。人づてにでも魂のありかを知れるように)
と詠みます。「長恨歌」では方士(仙術をおこなう人)が楊貴妃の魂を尋ね当て、証拠としてかんざしを持ち帰ったことになっていますので、形見の品を見て自分にもそういう幻術士がいてほしいと独詠しているのです。
 帝がしきりに「長恨歌」になぞらえて追憶している折しも、あの弘徽殿女御の部屋では管絃の遊びの音が漏れてきます。帝の心情を無視するような行為です。

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 ここに「月も入りぬ」という一節があります。夕月が出たころに始まった帝と母君の心の交流の終わりを告げるかのようで、とても効果的です。十六世紀初めの『源氏物語』の注釈書『細流抄』は「此詞、殊勝なり」と感嘆しています。そして帝はもう一首、
  雲の上も涙にくるる秋の月いかですむらむ浅茅生の宿
  (この宮中でも涙にくれているのに、秋の月は浅茅
  生の宿では澄んで見えることはないだろう)
と詠みます。自分でさえ涙で月が曇るのに、母君は澄んで見えるはずがあるまいと思いやります。「すむ」は「住む」を掛け、若宮がどのように暮らしているかとも案じているのでしょう。
 それにしても、この靱負命婦の母君訪問と内裏への帰参のくだりは、秋の自然を背景にしながら帝と母君の心情をどこまでも美しくあわれに描いていて見事というほかはありません。江戸時代の終わり頃の国学者、萩原広道はこの場面について「殊に語(ことば)をえりととのへて、文づらをはなやかに心をかなしく書(かき)なされたり」(『源氏物語評釈』)と評しています。

以上です。
この機会に『源氏物語』をきちんと読み直しているのですが、読めば読むほどすばらしい作品だと思います。私は学者としての力はありませんが、口先は達者です(自分で言うか!)ので、その力に任せてこれからもこの作品の魅力を伝えていきたいと思っています。いつでもどこへでもお話に参りますので、ご用命賜りますように(笑)。
今、この連載の次のもの(第3回)を書いているところなのですが、いよいよこれが桐壺巻の最終回になります。光源氏の父である桐壺帝は亡き桐壺更衣のことが忘れられないのですが、更衣と似た前の帝の皇女がいると聞いて心が動き、彼女を内裏に入れるのです。このあたり、かぐや姫のことを思い続けて何もできなくなった『竹取物語』の帝とは違うようです。人間というのは案外『源氏物語』の帝のような行動をとるのではないでしょうか。それが人間の弱みとも言えるでしょうが。そのあたりを考えたいと思っています。

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