著作権(2) 

この夏の文楽公演で上演された井上ひさし作「金壺親父恋達引」をお聴きになった方は、語りや音楽としてはどんな印象をお持ちになったでしょうか。
この作品の舞台は江戸で、冒頭に「浅草のここ馬道」とありますから、浅草寺の東側の馬道界隈ということになります。井上ひさしさんにとってお馴染みの地域を舞台になさったのでしょう。今は浅草何丁目という言い方をするのかもしれませんが、「馬道」は町名として長く親しまれていました。
「夜の段」の冒頭では浅草寺のすぐ横に

    三五の月(十五夜の月)

が出ていましたが、へりくつをいうと、宵の頃に馬道からあの方向に、あの位置に満月が見える事はないと思います。まあ、そこは芝居なので。
浅草ということで、当然彼らの言葉は上方のものではありません。では江戸の下町言葉なのかというとそうでもなく、むしろ現代の共通語に近いでしょう。金左衛門は「〜じゃ」という言い方をしますが、口利き婆のお梶は、年齢も意地悪さも感じさせないあっさりした言葉を使っていました。語りや人形の動きでその性根は出ていたのだろうと思いますが、言葉遣いだけでいうとあまり悪婆首には合っていなかったように感じました。
若い登場人物たちもとてもすっきりとした、それだけに無国籍的な言葉遣いで、

    地方色や生活の匂い

はあまり感じませんでした。井上さんは「わかりやすさ」を大事にされたようなので、あえてこういう没個性的な言葉遣いになさったのでしょうか。

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この作品を大阪の本公演で実施する場合、そのわかりやすさがかえってネックになりはしないかと思いました。
どうしても義太夫節、ということはやや古風な上方言葉を期待する人が多いわけですから、ところどころで

    「おしりこそばゆい」

とでもいうのでしょうか、妙な気持ちになる方が少なくないのでは、と案じます。映画やドラマなどで非関西の役者さんが無理やりに関西弁を使っているのを聴く気持ち悪さにも通ずるかもしれません。
井上さんにはこだわりがあったのかもしれませんが、この舞台は別に浅草馬道でなくてもよさそうです。いっそ舞台を上方に持ってきてもよいと思います。地の文については井上さんのお書きになったものでおおむね問題ないと思うのですが、せりふに関しては上方言葉に改めることはできないものでしょうか。多少の

    補曲

は必要かもしれませんが、曲にも大きな影響はないだろうと思うのです。
舞台は浅草のままで、せりふは上方言葉にしても実際は問題ないとも感じます。いや、上方言葉といっても、関西の地方語という意味ではなく、義太夫節の標準語の謂です。詭弁かもしれませんが、テレビの時代劇など、全国どこが舞台でも登場人物の多くが共通語でしゃべっているではありませんか。
井上さんのおもしろい作品だけに手直し無用、ともいえますし、おもしろいからこそかえって手直しすることも必要だとも思うのです。
著作権ということが立ちはだかりはするでしょうが、外国文学を翻訳するような気持ちで上方言葉に翻訳してみて上演したらどうだろうか、と考えながらこの公演を観ていたのでした。

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コメント

今頃のコメントですみません(^^;
基本的に大坂言葉で書き直すという
意見には賛成です。昨夏の「膝栗毛」や、
忠臣蔵の平右衛門でさえも「おしり
こそばゆい」感じが私にも確かにあります。
が、今公演に関しては、不思議なほどに
違和感がありませんでした。
有名な科白のパクりというレベルに留まらず、
井上ひさしさんが義太夫節の乗りを聢と
身に附けていらっしゃったのだと推察します。
「其礼成心中」が大阪弁にも関わらず
何やら居心地が悪かったのとは好対照でした。

♪cotaさん

ありがとうございます。私はもうわからないことなので、個人的にはどちらでもいい(笑)のですが、新作ですから、多くの方がスッと入ってきたようであればそれでいいのだろうとも思います。
どんなふうにみなさんがお聴きになったのかをこうして教えていただけるのはとてもありがたいです。

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