素人の浄瑠璃 

私の母方の祖父は義太夫節の稽古をしていました。どなたに習っていたのかはよくわからないのですが、肩衣や袴も作って、当時はいくらでも手に入った床本もかなり持っていたようです。私とは70年以上年が離れていますので、ほとんど記憶にもなく、また、まさか私が文楽愛好家になるとは誰も思っていませんでしたので、祖父のそういう関係の遺産はほとんど灰になってしまったようです。どんな床本を持っていたのか、気にはなるのですが。
昔はそういう

    素人の浄瑠璃語り

がたくさんいらっしゃったわけで、だからこそ、玄人もまた研鑽されたという面があるようです。
怖い素人はいくらでもいらしたようですし、またパトロンとしての役割も果たされたようでしたし。昔の文楽の芸人さんたちはきわめて質素なお住まいで暮らされていたとうかがいます。なにしろ収入がたいしてありませんから、しかたがないのです。今も若い人などあまり稼げなくて奥さんが

    共稼ぎ

をするということも多いようですが、昔よりはさらにひどかったのだとか。越路大夫師匠でも一時期は想像もできないようなお宅にお住まいだったとうかがったことがあります。
ところが、パトロンがつくとかなり違って、大きな家に住まれることもあったそうです。私の祖父は梅田の一等地で小さな印刷会社を経営していたそうですが、それなりにもうかったようで、国鉄の時刻表を印刷していたこともあったとかすかな記憶があるのです。パトロンだったのかな?

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豊竹英太夫さんは長らく素人のお弟子さんたちに稽古をなさってきました。落語家の桂吉朝さんもそのおひとりでしたが、ご承知のように早世されました。その後も米朝一門の方が割合に熱心で、今も桂南光さんが稽古なさっているようです。
稽古をすると必ず人前で語りたくなる、つまり

    発表会

をしたくなるのが人情です。この一門もかなり前からなさっていて、私も何度かお邪魔したことがあります。
最近は「はなつる会」という名称を付けられて、毎年一回、夏の終わりに半日がかりの発表会をなさっています。
その発表会が先日おこなわれました。場所は大阪市内のこじんまりした能楽堂で、その舞台上に見台が置かれ、次々に衣装を正したアマチュアの太夫さんたちが出てこられます。そして三味線(こちらはプロ)の弾き出しをよく聴いて語りだします。みなさん、真剣そのものです。衣装はほんとうにきちんとしていて、

    裃をつけて

堂々と語っていらっしゃるお姿は、プロと見まがうばかりです。師匠のこまかいご指導を受けて、短い部分を丹念に稽古されて、この日に臨んでいらっしゃいますので、見事なものです。
男性もかっこいいのですが、なんといっても女性の凛々しいこと。健康にもよさそうですし、ぜひみなさんもお稽古なさってこの舞台に立って(座って、か)ください。

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