天皇の退位(4) 

皇族でも三笠宮崇仁親王の子である寛仁、宜仁、憲仁親王のように、父親の長寿に反するように若くして亡くなる方もあります。しかし一般的に人生がきわめて長くなっているのも事実です。まして最高の医療も保証されている天皇であれば80年どころか90年、100年と生きてもおかしくない時代になっています。それでもやはり老いは必ず来ますから、職務はいつの日かやめるべきだろうと思います。責任の重い立場であればあるほどいつまでも続けてよいものではないはずです。
天皇が位を退いたら

    上皇

になるのか、という話もありますが、これも規定がないのでまだそう決まったものでもないでしょう。「上皇」でも「太皇」でも「院」でも学者にきちんとした称号を考えてもらえばいいと思います(以下、仮に「上皇」と書きます)。天皇の上にいるというよりも、天皇を卒業した存在という意味ですから、あまり気にしなくてもいいように思います。田中曽根内閣じゃあるまいし、事情があって退位する者がまさか

    院政

を敷くわけがありません。そういう力がなくなったからこそ退位したいというわけですから。
政治家たちは、自分と同じように「院政を敷かれたらどうしよう」とか、「自分は辞めても発言力を維持して院政を敷いてやる」とか考えているから疑心暗鬼になるのではないですか。

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上皇と天皇がいたら「象徴が二人になる」と思う人もいるようです。しかし、そこは宮内庁が上皇に関する情報を少なくすれば案外上皇は「過去の人」になると思います。そうしてあげてほしいです。引退するのはおめでたいことなのです。
情報の少ない皇族について、多くの国民は知りません。失礼ながら、三笠宮系の人たちは顔を見ても分からない人が多いですし、普段話題になることもまずありません。安っぽいマスメディアが「上皇」を追いかけ回したりしなければ、話はさほど難しくないでしょう。
『源氏物語』の登場人物に

    冷泉院

という人(もちろん架空の人物)がいます。この人はまだ二十代のうちに18年間の在位を長過ぎると考えて「気楽に生きたい」と譲位するのです。そのあとはその名も「冷泉院」という邸でゆったりと暮らすことになるのです。以前書いた花山天皇も退位させられたのは悲劇的でしたが、引退してからは和歌を愛し、旅を愛し、なかなか気ままに生きています。
80歳を過ぎた高齢の天皇にはもうこれ以上何も求めず、表舞台にもあまり出ずに、和歌を詠み、さかなクンと魚類の本を書き(これ、熱望します)、稲刈りをして生きていっていただきたいと私は思っています。顔を出されるのは

    歌会始

などわずかな行事でよいと思います。
皇太子と秋篠宮の責任は重くなりますが、当然のこととして励んでいただきたいものです。今の天皇が憲法にしたがって「象徴」として生き通して来られたことを胆に銘じて新しい天皇像を作ってくれればよいのではないでしょうか。

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