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大阪に来られたら(3) 

谷町筋を南へ歩くと、新古今集歌人藤原家隆の墓と伝えるもの、勝鬘院(愛染さん)、大江神社などがあり、さらに大阪星光学院は浮瀬(うかむせ・うかぶせ)跡です。
浮瀬は総二階の立派な料理屋で「心中天の網島」の改作「心中紙屋治兵衛」はこの場所から始まります。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」から取られた名と言われ、蕪村もここを訪ねたそうです。

また松屋町筋に下りると(このあたりは上町台地ですので坂を下らないと松屋町筋には行けません)下寺町2丁目に円成院(遊行寺)があり、ここには

    植村文楽軒の墓

のほか、多くの芝居関係者の墓があります。
入口から左側に背が高い文楽翁の碑がありますが、これは三代目文楽の碑です。初代文楽の墓は裏手の墓地にあり(この墓地にはさまざまな文楽関係者の墓があります)、「正井氏」と彫られているのが目印です。

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 初代文楽の墓

ついでですが、ここには志太野坡が建立した芭蕉の墓もあります。
もちろん芭蕉の墓は義仲寺のものが本墓ですが。

さて、谷町筋に戻って東を見るともう

    四天王寺

です。
DSC01306.jpg

四天王寺五重塔

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(注)地図のサイズが大きいので、画面に入りきっていないと思います。地図をクリックしてみてください。

四天王寺も五重塔や引導鐘や亀の池だけではありません。
実はここに義太夫、若太夫、政太夫(二代目義太夫)の三人が並ぶ供養塔があります。

DSC01313.jpg

 
手前に竹本春太夫の墓が見えますが、その右に三つ並んだ立派な塔があります。これらが右奥から順番に義太夫、若太夫、政太夫なのです。

天王寺の別の墓地にはさらにさまざまな人の墓、碑、供養塔があります。
名前だけ挙げますと、初代古靱太夫、5代住太夫、2代津太夫、7代源太夫、代数は調べていませんが、雛太夫、長門太夫、湊太夫、南部太夫らも。
三味線では初代清六、2代高麗蔵、5代広助、初代藤蔵など。歌舞伎の初代坂田藤十郎の供養塔もありますし、力士も大勢。彦六座座主の寺井氏の碑などもあります。
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坂田藤十郎供養塔(右の小さな塔)

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この地図の右下側(地図にはない)に四天王寺金堂、五重塔など

※この続きは明後日です

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コメント

文楽劇場資料室

大阪星光学院の場所に料亭・浮瀬があったとは、存じませんでした。浮瀬ってすごい料亭だったようですね。大ハマグリの貝殻で作った大杯が、名物だったとか。「摂津名所図会」に出ていました。
江戸時代の大坂ガイドブック「摂津名所図会」。
15年ほど前に、文楽劇場の資料室で拝見しました。
蓮池が美しい生玉魂神社境内や、高津神社石段下の黒焼屋(クスリ屋)などが版画で表されています。ひょっとしてコピーできるのではと、おそるおそるダメモトで聞きましたら、気軽にコピーさせていただきました。
資料室には、いろいろ貴重な資料がありますね。いまもコピーできるのでしょうか?

♪やたけたの熊さん

そうらしいですね。総2階のものすごい料亭ですね。
星光学院は今立替えしているようですが、お願いすれば中に入れてもらえて、石碑など見せてもらえるようです。

「摂津名所図会」は名著であり、写真に撮ったものがそのまま出版されていますので、私はいつもそれを使っています。
高津の黒焼屋、今では何のことかと思われますが、数十年前まで営業なさっていたのですね。ちょっと残酷でもありますが(笑)。

文楽劇場の閲覧室は親切ですね。
私もしょっちゅうお世話になっています。今でも気軽に使わせてもらえますよ。マイクロフィルムもリーダーが置いてありますから、これもコピーできます。
ああいうところは係員さんしだいで使いやすかったりそうでなかったりですしますが、あそこは◎ですね。

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松屋町]松屋町(まつやまち)とは、大阪市中央区 (大阪市)|中央区の地名。中央区の農人橋交差点南側から大阪市営地下鉄松屋町駅周辺にかけて、松屋町筋沿いに人形・駄菓子・花火などの卸卸売|問屋街が広がっており、それら問屋街の代名詞として使われることもある。大阪弁に

  • [2007/08/01 11:05]
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