すみよっさん(2) 

今は埋め立てなどの理由ですっかり海から離れてしまいましたが、住吉大社は海の神様で、航海の安全を祈ることがおこなわれました。となると、当然、漁民や商人からの信仰を集めることになります。その他、農耕、相撲、和歌などの神としても知られています。
住吉大社が海辺から近かったことは『源氏物語』にもうかがえます。「澪標」巻では、光源氏が住吉に行った時に、偶然明石の御方(明石の君。光源氏と明石で知り合った女性。その後光源氏は都に戻り、明石の君は明石に残って光源氏の子である娘を出産していた)が同じように参詣しようと海路をやってきたのです。舟を岸に着ける時に、源氏の行列の壮麗さを眺める場面があります。
この娘はのちに東宮妃となって、女御から中宮にまで出世し、

    明石の中宮

と呼ばれます。『源氏物語』「若菜下」巻では明石の御方やその母である明石の尼君、そして明石女御(後の中宮)らが明石入道(明石の御方の父)の願ほどきのために光源氏とともにこの住吉にやってくるのです。
かつては光源氏に忘れられるのではないかという不安も抱いたであろう明石の御方も、今はさまざまな願いが達せられて感謝しているのです。明石女御は東宮妃となってすぐに出産し(そのとき数え年の十三歳!)その後も立て続けに子を生んで、不動の地位を確立するに至ります。住吉のご利益たるやすさまじいものがあるようです。そんなことを考えながら住吉大社に行きました。
鳥居が見えてきました。

    『夏祭浪花鑑』

ですね。「碇床」は見当たりませんでした(笑)。それをくぐると目の前には反橋。川端康成に言われるまでもなく、この橋は昇るときよりくだるときのほうがこわいのです。

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住吉さんといえば燈籠の数々。さまざまな商売のグループ(雑喉場、米、藍玉、材木などなど)から献納された燈籠がいくつも並んでいます。
石舞台、御田など、名所はまだまだあります。
そういえば「五・大・力」の石を探すのを忘れました。
一応社殿にも簡単に(こういうところが不謹慎)挨拶して、神社に別れを告げることにしました。
また南海電車で難波まで帰るのが早いのですが、久しぶりに

    阪堺電車

に乗ることにしました。料金は一律210円。もちろんワンマンで料金は降車時に払う。ほとんどバス感覚です。今は車体に広告をラップするのが当たり前ですし、とても派手になっています。
こういう生活に密着した電車は楽しいです。電車そのものもそうですが、乗っている人の顔を見るのがいいものです。やはりその土地に住む、その土地の人の顔というものを感じるからです。また、駅の名前もなんとなく情緒を感じるものが多く(「松虫」とか「神の木」とか)あります。
車内を見渡すと、東天下茶屋駅下車の

    安倍晴明神社

の案内(広告)も出ていました。ここには以前行きましたので今回は途中下車はせず。さすがに天王寺近くになると、都会に戻ってきたという感じになります。

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