月見 

今年は9月15日が旧暦の八月十五日に当たるそうです。
『源氏物語』の「夕顔」巻は、六条にいる女性(六条御息所)に通う光源氏が、その途中にある乳母の家を訪ねるところから事件が始まります。病気の乳母を見舞いに立ち寄ったものの、中に入るまでいささか手間取り、光源氏は隣家の夕顔の花を目に留めるのです。その家の主人こそ「夕顔」と呼ばれる人で、この巻はこの女性と光源氏の出会いと別れが描かれることになります。
二人が親しくなったあと、

    八月十五夜

に光源氏は夕顔を訪ねます。夕顔の家は五条のあたりですから、少しひなびた感じがします。虫の声も普段とは比較にならないほどみだりがわしく聞こえます。
光源氏は近くの某邸に行こうと言って誘い出します。

  いにしへもかくやは人の惑ひけむ
     わがまだ知らぬしののめの道

「私はこんな東雲の道を出歩いたことはないが、昔の人もこうして心乱れたのでしょうか」と詠んで「あなたは慣れているのですか」と意地悪な質問をすると、夕顔は

  山の端の心も知らで行く月は
     うはの空にて影やたえなむ

「山の端の心も知らずに行く月のようにあなたの心も知らずについていく私は、うわのそらで、このまま消えてしまうのでしょうか」と返します。なんとも不安げな様子です。
この次の夜、つまり十六日の夜に光源氏は夢に不思議な女を見て、目を覚ますと夕顔が苦しんでおり、彼女はそのまま頓死するのです。

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美しく明るいとはいうものの、月はやはり「陰」です。実は暗いのです。『源氏物語』では葵の上も紫の上もこのころに亡くなるのです。『竹取物語』のかぐや姫もこの夜に月の世界に帰りました。八月十五夜は女性が昇天する夜なのでしょうか。
夏が終わって、日が短くなってきたことを実感するようになり、夜など肌寒さを感じることもある時節。

    「陰の美」

である月見をするのは陰翳礼賛の日本人の美意識にふさわしいようです。
もちろん満月の明るさを詠んだ歌もあります。

  ひさかたの月の桂も秋はなほ
    紅葉すればや照りまさるらむ(壬生忠岑)
  (月に生えているという桂も秋は紅葉するから
   いっそう照り輝くのだろうか)

おもしろい、笑いすら誘うような明るさを持つ歌です。しかし「月見ればちぢにものこそ悲しけれ」といった人もいますし、太陽と違って人にものを思わせる
三宅周太郎『続文楽の研究』に、二世豊澤団平の歌とおぼしきものが載っています。達筆すぎてはっきり読めない(笑)のですが、こんな感じです。
  古へも今もかはらぬ月見とて
   さぞ哥人の心のぶらん
  武蔵野の月はものかは我が宿の
   軒もる影をちよくにいたゝき
「ちよくに」は「ちよに」なのか、「直に」なのかよくわかりません。ご教示をお願いいたします。
しかし、昔の人はいい字を書きますね。
私もこれから折々の和歌を詠んで筆(ペン)で書き留める、ということくらいしてみたいものです。

二世豊澤団平筆

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コメント

とろりの様な月が、視てみたい・・。

こんばんわ。
センセのお宅からは、今宵のお月さまは、ご機嫌いかがですか?

こちら、関東の我が家のベランダからは、台風の雲の隙間から。
なんとなく満月なんだろうという、お月さまが見え・・て、いるのでしょう・・・。
(近眼と老眼の境い目だと認めたくない、今現在の視力では。
ほぼ毎日、朧月夜に、ぼんやりマンマルの光り名なので、詳細は判別できません)

@ひさかたの月の桂・・
この歌の詩情を読みとれた・・・・あの頃の視力に戻りたい・・。

と、そんなことより。

我が家のベランダの何階か?下から。

おちびチャン達が、
♪♪でぇ~た~でぇたぁ、つうぅ~きがぁあ・・

と、可愛い声で歌っているのですが。

まぁるい、まぁるいマンルいぃ~♪(音程は外してません、ナイスだわ)

♪トロリノよぉな月がぁ♪

と、繰り返し、歌ってくれています。

すると。

違う!!と言いながら、何人かのおちびチャンが。

♪オノリの、よぉなぁ、チュ~きぃがぁ・・(お海苔のような月、と、脳内で変換してしまうわ、それはそれで意味深な歌詞だわ・・・)と。

歌い直してくれます。

ああ、上階のおばちゃん(わたくし)は、声に出して突っ込みたい。

お願い、どなたか?正解の歌詞を正しい音程で歌って下さい。
正しくは、お盆、だったと思うけど・・。

ああ、気になるわ・・。

  • [2016/09/15 21:09]
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  • 押し得子です。
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♪押し得子さん

夕べはあいにくの曇り空で、あまりはっきりは見えませんでした。
ぼ〜んのような〜♪つ〜き〜が〜♪、ってまだそんな歌を習うんですね。月は、海外では「銀の盆」ともいうのだとか。
う〜さぎ、うさぎ〜♪というのもありましたね。
壬生忠岑の歌は一生懸命勉強したのに、もうかなり忘れています。でもこの歌は完璧に覚えていました♪。

編曲はむづかしいものです。

盆のような月。

やったぁ!!うろ覚え、万歳!
この歌、確か、作者不詳だったと思うのですが。
私が習った時の先生(幼稚園)は何故か?

男の子くん達は、ボン。
女の子さん達は、ボンではなく。おボンのような。と、歌いましょう。
と、指導なさいまして。

その結果、毎回、合唱すると最も気持ちの良いサビの部分が。

♪ぼぉぉ~ん♪ & ♪オぼんのぉ~♪という。
全くタイミングが合わせようの無い奇妙な歌として、記憶に残っております。

スッキリと。

♪ぼぉぉ~んのよぅなぁ~♪月が、と、歌うほうが。
拡がりが出来て、より一層メロディアスだと思うのですが。
あの頃は、そんなことが言えなかったので、素直に従いましたが。(当たり前やろ)

※でも密かに小声で、3回のうち一回は、男の子バージョンで歌っていました。
(やっぱり、従わなかったのね?わたし。)
だって、オがついていないほうが、心地よいのだから許して欲しいワ。

今のおちびチャン達にそんなことを指導したらば、たちまち、何かが炎上するでしょう。

  • [2016/09/16 15:34]
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  • 押し得子です。
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♪押し得子さん

幼稚園児の押し得子さん、さぞかし可愛らしいお嬢ちゃんだったのでしょうね。大学生のときは美しいお嬢様でしたが。
しかし、「ぼん」から男の子を連想するとは関西きっての都会の幼稚園ですね。私など、田舎ですから、そんな上品な言葉は使わなかったような気がします。

品格って何処に落ちているのでしょう。

@そんな上品な言葉は使わなか・・・

上品。。ほほぉ、そうですか。
何故?男子は、おボンと歌わなくてよいのか?ご指導の意図は分かりませんが。

私の記憶では、この歌を歌った帰り道では必ず。

何人かの男子は、盆のような月が~♪の歌詞の、ボとンの間に。
イを、挟んで歌いながら。
スカートめくりに勤しんで居りました、です。あの手の才能に長けた地域だったのでしょうか?

幼稚園の頃からセクハラと戦うのが、都会ならば、そうなのかなぁ・・。

因みに、その歌いだしは、まぎれもなく。
出~た出~た~●ツが~♪でした。

※女子に対して、ボ●ン、だの、ケ●だの、更にスカートめくり。
上品どころか、ガキ大将とガラっパチのエリート育成区域としか、思えませんよ・・。

あら?月を愛でる優雅な日のコメントに、失礼いたしました。

しかし、あの、替え歌のセンスの高さは、今でも畏敬の念を抱きます。(誰から教わるんだろうか・・男子って凄いわ) 

あ、センセ。
どうか、このコメントは、読まなかったことに、して下さいませ、ませませ。(今更遅い・・)

  • [2016/09/17 14:47]
  • URL |
  • 品のかけらもない・押し得子です。
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♪押し得子さん

「ボン」というと、船場商人の使う都会的な言葉に思えるのです。
都会は都会で大変ですね。時代も違いますが、私の幼稚園にそんな男の子は皆無だったと思います。田舎、万歳\(^.^)/

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