沢市の首 

このブログで『金壷親父恋達引』のことを書いたとき、人形の首の選択について意見を述べました。私のいうことなど所詮浅はかな素人考えですが、首の選択は慎重にすべきだという思いは変わりません。特に新作の場合は前例がない(少ない)わけですから、しっかり考えたいものです。首には性根があるので、太夫さんの語りと一致しない首だとどうにも奇妙な感じになります。
太夫さんの中には人形遣いさんのところに首を見に行くという方がいらっしゃるとうかがいました。ずいぶん前にうかがったのですが、咲太夫さんもよく見に行かれるとのことでした。
では人形の首に自分の

    語りを合わせる

のかというと、そういうことでもないように思うのです。人形の首をしっかり見ておいて、その上で自分の語りをすればおのずから合うはずだ、というお気持ちなのではないかと思うのです。いや、これは私の勝手な想像ですので、一度太夫さんにうかがってみたいとも思っています。どなたか、ご存じでしたらお教えくださいませ。
『金壺親父』を拝見したとき、行平と豆助の首がしっくりこなかったのですが、私の場合、語りと一致しないということではありませんので、むしろ私のイメージしていた役の

    性根と首

が一致しなかったということになります。ですから、語りと合っていればさほぼ文句を言うこともないのでしょう。このあたりは私の「見た目だけで判断する」欠点ですので誤っていたらご容赦くださいませ。

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「壺」つながりみたいなのですが(笑)、『壺坂観音霊験記』を観たとき、私は沢市の首にしっくりこなかったことがあります。ご承知のとおり、沢市は源太を用いています。沢市はもともと二枚目だったのでしょうが、疱瘡のために気の毒な顔になってしまいました。その二枚目の雰囲気を残そうということでしょうが、昔から源太が使われているようです。
まだ私がはっきりと語りを聴いていたころ、住太夫師の

    「沢市内」

だと、どうも源太が合わないのです。住太夫師も事前に人形を見に行くことの多い方だとうかがったことがありますので、おそらく私の聴き方、見方がお粗末なのだろうとは思いましたが。
人形遣いさんに「あれ、又平にすると変だと思いますか?」とうかがったこともあるのですが、「昔から源太ですからね」ということでした。それで特に問題はなかったということなのでしょう。
たしかに、冒頭のあたりだとあの又平の首に「あばた」をつけたら変かもしれないなと思うことはあるのです。それでも私はずっと気になっていたのです。
三宅周太郎『続文楽の研究』の中での初世吉田栄三師の語られたことの中に、明治の名人、三世

    竹本大隅太夫師

が「沢市内」を語ったとき、吉田玉造師が沢市を遣われたことがあるようで(年表で未確認)、そのときの沢市の笑いがどうにも源太だとうつらないので又平を使ったことがあるのだそうです。ただし、ほかの人の語りだと又平ではやはりダメだったそうで、源太にしたのだとか。
これを読んで、私の考えもまったく荒唐無稽なものではないのかもしれないと心強く思ったのですが、一方、「ほかの太夫さんでは又平では合わない」というところもまた注意すべきだなと思いました。
ただし、今の太夫さんなら、ほとんど源太でいけそうな気がするのです。むしろそのほうが合うかもしれません。相子太夫さんがいらしたら、という思いはありますが。

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