黒衣を着ること(1) 

幼稚園で文楽人形劇を催してきましたが、出演者のみなさんは黒衣を着ることを望まれます。稽古の時もそうなのですが、本番でも、私からお願いするのではなく、みなさんのほうから着たいとおっしゃるのです。
演劇表現は楽しいものです。役者になりたいと思う気持ちを持つ人も少なくありません。しかし現実的に舞台で

    緑芝居をする

ことは恥ずかしいし、難しそうだし、とてもできないと思われるのではないでしょうか。
ところが、黒衣を着て人形を操り、しかもせりふはいわなくても芝居ができるとあれば、恥ずかしさも精神的な難しさもかなり少なくなると思うのです。
私は、あつかましいかもしれませんが、このプロジェクトを通してこんなことを思いました。園児のためにと思っていた企画ではあったものの、実は出演者のためにもかなりいい

    学習になっている

のではないかということです。あえて「学習」という言葉を使ったのは、生涯学習に関心があるからです。出演者のみなさんの中には中高年の方が少なくありません。この方々は、人生経験も豊かで、人の歓びも悲しみもいろいろ知っています。体力的にもまだある程度は自信がある年代です。こういう年代の方々の生涯学習として、演劇表現はぴったりだと思うのです。しかも人形を操るなら、「自分が演技をするのではないなら、できるかもしれない」という気持ちにもなるのではないでしょうか。

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人形劇というとペープサート(ペーパーシアター、すなわち紙人形劇)や指人形、糸操りなどが思い出されます。それらはもちろん魅力的なのですが、それよりずっと感情表現が豊かにできる文楽人形は、この世代の方々にはうってつけだと感じます。
重いけれど、三人で持てばまだ持てます。この

    「重いけれど」

という負担もちょうどいいのだろうと思います。
何年か前に、とてもうまく左遣いをして下さる方が、おそるおそる(?)おっしゃるのです。
「私、黒衣と頭巾を作ってみたんですけど、着てもいいですか?」
びっくりしました。作ったんですか! 是非着てください。と即答。そのかたは丈の短い黒衣(下半身はお尻が隠れるくらいの長さ)と桐竹一暢さんが着けていらした形の

    ネコ型頭巾

を見事に作っていらっしゃいました。なんという器用な!
以後はその方の作ってくださったものと私の持っているもので、出演者はすべて黒衣で演じていただくことになりました。
これがとても評判がいいのです。
まず、前述のように恥ずかしさがなくなることがあります。観客はもっぱら人形を見ていますし、自分の顔が見られていないというのは安心かも強いことでしょう。もう一つは、いかにも文楽人形の人形遣いになったという感じがするのだろうと思うのです。
あれを着ることで自分はもう普段の時分ではなく人形遣いなのだという気持ちになれるのです.そういう意味では天の羽衣のようなものです。

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