叱ってくれる人 


七世竹本住太夫師は弁舌巧みでお話のおもしろい方です。「人間やっぱり死ぬまで勉強だんな」と、ここまでは割合にどなたでもおっしゃることです。しかし師匠は「死ぬまで勉強、死んでからも勉強」とおっしゃいました。ああいうことばをパッと思いつかれるところは、長年人の情を語ってこられた、その蓄積のなせるわざなのでしょうか。「死んでからどないして勉強しますねん?」などと反問するのはまるで意味のないことだろうと思います。

    「そういう覚悟で

勉強せい!」と若い人たちを叱咤されているのでしょうし、またご自身にもそれを言い聞かせていらっしゃるのでしょうから。
住太夫師の稽古が厳しいらしい、というのはよく知られています。あれだけ怒って、血圧が上がらないのかな、と心配になるほど激しく叱咤されるようです。私も何度かテレビなどでその様子を拝見しましたが、容赦がないですね。お弟子さんはもちろんのこと、研修生であろうがすでにベテランとなっている後輩であろうが、おかまいなしで手厳しいことをおっしゃいます。正直に申しまして「いくらなんでもそこまでおっしゃったら

    逆効果

にはなりませんか?」とうかがってみたいと思うこともあります。まだベテランの人たちは昔ながらの稽古の仕方を実際に見たり体験したりされているでしょうから抵抗は少ないのかもしれませんが、若い人たち、特に研修生レベルの人や入門早々の人はビックリするのではないでしょうか。なんといっても、昔ほど叱られることが多くない時代です。体罰はもちろんダメ、言葉も威圧的になるとダメ。しかし考えたら私の子どものころはゲンコツくらいは当たり前、人前で怒鳴りつけられるのも日常茶飯事。中学時代のある教師は予習をしてこなかったらゲンコツ、というのを授業の最初に公言して、実際飽くことなく(笑)それを実行していました。

にほんブログ村 演劇へ
↑応援よろしく!

KatayamaGoをフォローしましょう

幸い私は、記憶にある限りでは、ゲンコツを見舞われたことは2度だけで(笑)、たしか、今日は予習することはなかったはずだと勘違いして何もしていかなかった時だったと思います。私の親の世代は戦争を知っていますから、ビンタだとか罵倒だとか、そういうことは珍しいとは思っていなかったわけで、親に訴えてもおそらく「それはあんたが悪い」で終わりだっただろうと思います。
今はそうではなく、教師は間違ったことをした子どもを

    どうやって叱れば

いいのか、戸惑うことも多い時代になっているようです。もちろん「間違った時は多少言葉が悪くなってでもピシッと叱ってください」という子どもたちもいますし、親の中にもそういう人は多いのです。その一方、体罰と暴力、激励と暴言を勘違いする教師、些細なことでも苦情を言うことが務めだと思っている親やマスメディアがあることも否定できません。教師たちが萎縮する時代にあって、住太夫師の「お前なんかやめてまえ!」とでもいわんばかりの稽古は、怒鳴られるお弟子さんたちには申し訳ないのですが、

    痛快

な感じもします。
「お弟子さんたちは申し訳ない」と書きましたが、住太夫師にボロボロに言われながら稽古をしている技芸員さんの中には「今の時代、あそこまで叱ってくれる人はいない。だからありがたいですよ」と平然とおっしゃる方もあります。
翻って、最近自分の文章の到らなさを思い知った私は、そういえば叱ってくれる人がどんどんいなくなっていくからな……と思わざるを得ません。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/4018-af3d1084