かぶりもの(1) 

これまでにもご紹介したことがありますが、『伴大納言絵巻』というすばらしい絵巻物があります。内容は、清和天皇のころ(9世紀)、伴善男(とものよしお)という人物が大臣になろうという野望を持ち、大極殿の正門である応天門という壮麗な門に放火したあげくに失脚する話です(実際は藤原氏による陰謀で失脚させられたのかもしれません)。そういう説話を絵巻物にしたのが『伴大納言絵巻』なのです。日本史の教科書にその一場面が載ることがあり、私も少なくとも高校時代に見た記憶があります。
話もおもしろくはあるのですが、なんといっても絵がすばらしい。

    「応天門が燃えている」

という噂を聞きつけて二条大路、朱雀大路から朱雀門をくぐって応天門まで駆けつける庶民の男たち(応天門の南側から見ていることになる。女性はいません)。逆に内裏側からぞろぞろ出てきて見つめる官人たち(応天門の北側。女性もいます)。その生き生きした描写の迫力は桁外れです。風は北から吹いているようで、庶民の方が風下になります。煙も火の粉も庶民側に飛んできます。すし詰めになった人々は、ひとりひとり個性的な表情で描かれていますので観ていて飽きません。彼らは、僧や少年は別として、ことごとく

    烏帽子

を着けていますので、ワンパターンになりがちですが、それにもまた変化をつけて描かれ、常盤源二光長(ときわのげんじみつなが。源光長)と思われる絵師のすばらしいセンスがうかがい知れます。
当時の男たちは烏帽子を離すことがありませんでした。やはり昔の絵に、庶民の家の中を描いた物があって、寝るときは「烏帽子掛け」らしきものに掛けていたようすが描かれています。「火事だ」と聞いたらまず烏帽子を取ってそれをかぶって駆けつけたことになります。

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『源氏物語絵巻』「柏木」に、光源氏の息子の夕霧が柏木といわれる友人を見舞う場面が描かれています。柏木は、みずから犯した不倫(光源氏の妻の女三宮との不倫)が、よりによって光源氏にばれてしまって、それが原因で重病になり、起き上がれないのです。そんな瀕死の状態でありながら、夕霧を招き入れるので、柏木は

    横になった状態で

わざわざ烏帽子を着けています。もちろん、かぶったまま寝ていたのではなく、威儀を正すために着けたのです。
賭けをして負けの込んだ男が身ぐるみ剥がれているのに烏帽子だけは着けているという絵もあります。
烏帽子や冠はこのように人前では外してはならぬものであったことがわかります。下着姿を人に見られるくらい恥ずかしいことだったのかもしれません。
ところが、『伴大納言絵巻』には清和天皇が冠を着けずに(天皇は烏帽子ではなく必ず冠を着ける)藤原良房と話し合っている場面が描かれています。夜の場面で、寝ていた

        天皇を叩き起こして

良房が急ぎの話をするわけです。応天門の放火に関して、安易に犯人を特定するのはだめだと良房がまだ若い天皇に進言しているのです。
天皇がごそごそ起き出してきて、冠も着けずに良房と向き合っているということは、それほど緊急事態であったこと、良房が天皇にとってそれほど遠慮のいらない関係であったことを示すのでしょう。良房は天皇の祖父でした。これもまたうまい描き方です。

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