かぶりもの(2) 

烏帽子にもいろいろあります。貴族の着ける指サックの親玉のような立烏帽子はおしゃれですが不安定で、風が吹いたら飛びそうですし、高いところにぶつけそうです。烏帽子を着けてスポーツをする(たとえば蹴鞠)ときなど、邪魔だったのではないかと思いますが、外すことはありません。
背丈の低い風折烏帽子や侍烏帽子などはその点では実用的でした。庶民はふにゃりとした萎烏帽子を着けていました。
立烏帽子は貴族が使い続けましたが、時代が下ると小型になっていきました。江戸時代の貴族等はちょこんとかぶっている感じです。こんにち烏帽子を着けるというと神職のかた(立烏帽子)、相撲の行司さん(これも神職のようなものですが、こちらは侍烏帽子)でしょうか。
もともとは髪をまとめてまげを結った「もとどり」を烏帽子の中にある紐で結んで固定したのですが、その後あごひもを使うようにもなりました。

    

は内裏などかしこまった場所で着けるもので、甲という頭を覆うもの(平べったい帽子状)の後頭部の位置に「巾子(こじ)」というものを立てます。そして纓(えい)といわれるしっぽのようなものを垂らすのです。纓はもともと下にだらりとたらしたのですが、そのうちに少し上に持ち上げてから垂らす形のものが流行しました。以前ここに書いたことがありますが、天皇のみは

    立纓

といって纓を真上に立てる形のものを用いるようにもなりました。
昔の絵巻物を見ていますと、中国人を描いたものがあります。『玄奘三蔵絵』『吉備大臣入唐絵巻』などがそれですが、そういう場合、纓を二本にしてウサギの耳のように細く描くのがパターンだったようです。(後半の「彦火々出見尊絵巻参照)。

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『彦火々出見尊絵』という絵巻物があります。今残っているものは模本なのですが、もともとは平安時代末期に描かれたものではないかといわれています。
いわゆる「海幸、山幸」の物語で、弟の「山幸」こと「火遠理命(ほをりのみこと)」がすなわち「彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)」です。弟が「海幸」である兄(火照命=ほでりのみこと)の釣り針を借りて漁をしようとしますが、魚に食いちぎられて針をなくしてしまいます。兄は怒って取り戻して来いと命令し、弟はしょんぼりしてしまうのですが、不思議な老人の手引きで

    龍王宮

に招かれ、そこで龍王の娘と結婚して、針を取り戻した上、帰る時には潮の満ち引きを起こす不思議な玉を得るのです。この不思議な玉を使って傲慢な兄に報復することになります。
この絵巻物には龍王宮の人々が描かれるのですが、日本ではありませんから、やはり独特の雰囲気の描き方がおこなわれます。建物も装束もそうなのですが、けっさくなのはかぶりものです。なんと、動物の(多くは海の動物。魚とかタツノオトシゴのようなものとか)形をしたものをかぶっているのです。おしゃれというか奇怪というか。もうこれは

    元祖さかなクン

としかいいようがありません(笑)。
そして、中国を描いた『吉備大臣入唐絵巻』にもとてもよく似た冠を着けている人物が描かれています。あるいはこの二つの絵巻物は同じ絵師によって描かれたものかもしれません。

彦火01
↑彦火々出見尊絵巻

吉備大納言01
↑吉備大臣入唐絵巻

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