「は」と「が」 

日本語の表現に関する授業は学生からの質問に回答する形で進めています。ですから、まとめて予習をすることはできません。「前回の質問への答え」という形を取るからです。
しかも私は日本語学の専門家ではありませんから、わからないこともしばしば出てきますし、ある程度わかっていることでも確認する必要のある場合も少なくありません。予習時間が5時間も6時間もかかる所以です。
この授業は月曜日にありますので、だいたい土曜日、日曜日に

    まとめて予習

しています。今この記事を書いているのは土曜の昼下がりなのですが、その予習の手を休めてキーを叩いているのです(実はこのブログもほとんど土日にまとめて書いています)。
授業の予習に手放せないのは国語辞典であり古語辞典です。「現代語の授業なのに古語辞典?」と思われても仕方がないのですが、やはり現代語の源泉は古語ですから、必需品と言えるのです。しかも私が愛読書にしている

    岩波の古語辞典

は助詞や助動詞の解説が詳細なので、それが苦手な私にとってはありがたいのです。
おもしろいことに、学生も私が古語辞典で仕入れたネタを話すととてもおもしろがってくれるのです。彼女たちは「古語の話」を聴いているという感覚ではないようです。それでいいのです。言葉は「古語」と「現代語」に二分されるものではありませんから。

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先日学生から「は」と「が」、「に」と「へ」の違いは何ですか? という質問をもらいました。おそらく

◆「は」と「が」は主語を作るものだから同じではないのか
◆「私は」と「私が」は同じ意味ではないのか

ということだろうと思います。「へ」と「に」も同様です。
私は私なりにその違いは理解しているのですが、さてどうやって

    説明しようか

と、しばし考え込んでしまいました。自分がわかることと人に教えることは違いますからね。だからこそ「専門家」「教師」の存在意義があるわけで、私はやはり日本語の専門家とはいえないと思う所以です。そこでお世話になるのが岩波の古語辞典です。さすがにわかりやすいです。
「は」は、上にある言葉(「私は」なら「私」)を話題として提示して、下に説明なり、解答なりを求めるのが役割です。この、「下に説明などを求める」ところが「は」の特徴です。単に話題を提示するだけではないのです。
つまり「私は人間だ」というのは、「私」という話題を出して、その「私」が何ものなのかと言うと、人間なのだ、と説明、解答しているのです。この説明のどこにも「主語」「主格」という言葉は出てきません。「が」は本来「我が君」などという連体助詞のはたらきがあるもので、古くは主格には用いません。連体助詞と言うと「〜の」がありますが、これと決定的に違うのは「が」の前には自分や身内など、卑下すべきもの、

    親愛なるもの

に用いられることです。つまり「我が君」「母が手」「妹(妻のこと)が家」など「我」「母」「妹」はすべて敬意の対象ではないのです。逆に言うと敬意の対象となる「殿が家」などと言ってはいけないのです。

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