五代目呂太夫(2) 

五代目は「豊竹呂太夫」という名前をこの上なく大きくされた功労者でいらっしゃったと思います。三代目は18年間この名を名乗られましたが、やはり「若太夫」の名が大きすぎます。嶋師匠は四代目を名乗られた翌年にいったん文楽を離れられました。そんなこともあって、昭和44年に五代目を襲名されて30年以上この名を名乗ってこられた五代目は初代とともに「呂太夫」の代名詞的存在だろうと思います。
ただ、呂太夫は新しい名でもありますし、「花形名」という印象も拭えません。三代目が若太夫を襲名されたように、五代目ももう一度名前替えをなさる日が来たのではなかったでしょうか。もし五代目が長生きされていたら、

    竹本春太夫

のような明るい名前を襲名していただきたかったとも思います。咲太夫さんが染太夫のようなごつごつした語りがおできになるので、お二人で『妹背山婦女庭訓』「山の段」を語っていただけたら、と夢想したこともありました。
五代目の三人の師匠の語り口である、若太夫の分厚さと春子太夫のあでやかさと越路太夫の緻密さを加えたら、こわいものなし。どんな切語りになられたのでしょうか。昔の人は、あまりにもすぐれた人は長生きできない、という気持ちで、

    ゆゆしきまでに(不吉なまでに)

すぐれている、などと言いました。性格も良くて男前だった五代目は神に魅入られたのでしょうか。呂太夫さんは三段目も四段目もいけるかたでしたが、私はやはり四段目語りだったと信じています。「寺子屋」「金閣寺」「十種香」「河連館」。さきほど「竹本春太夫」と言いましたが、ほんとうは豊竹の姓のよく映る方だとも思っています。もっともっと聴かせていただきたかったです。

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六代目呂太夫の襲名まで半年を切りましたが、こういうすぐれた先輩の名前を継がれる英太夫さんはプレッシャーも大きいのではないでしょうか。ただ、私は、英太夫さんは英太夫らしい呂太夫になればいいのであって、五代目さながらの呂太夫を目指されることはないと思っているのです。
先代を知っている聴衆も、

    先代と同じもの

を期待するのではなく、六代目が先人たちとは異なった、どういう呂太夫になられるのかを期待すればよいのではないでしょうか。
とかく、「昔はよかった」といいたくなるものです。例えば今、どなたかが越路太夫を襲名すると言われたら、早すぎるだの物足りないだのと必ず不満の声が上がると思います。

    四ツ橋

の文楽も知らん奴がえらそうなことを言うな、という言いぐさもあります.そんなことを言われても、知らないものは仕方がありません。そういうあなたたちだって御霊時代を知らないじゃないですか。摂津大掾も法善寺の津太夫も聴いてないじゃないですか。今はもう朝日座さえ知らない人が文楽ファンには多いのです。
先代の呂太夫さんの語りが本当に好きでした。もう六代目の語りは私にはわかりませんが、だからといって、先代とは違った魅力のある六代目に期待を寄せないわけにはいかないのです。
歴史は歴史として、今の文楽を愛することを私は大事にしたいと思っています。

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コメント

咲さんみたいに初代豊竹春太夫とか・・・

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