勉強しますか? 

「こんな授業も担当してるの?」と思われるくらい多様な話を学生にしています。そして多くの学生がそのいくつもの授業を取ってくれます。中には私の授業の全種類を受けたという「つわもの」の学生もいます。すると学生が思うらしいのです。「先生、

    何でも知ってるんですね」

と。なるほど、もし私が文学部の教師なら文学だけか、せいぜい文学史とか国語科教育法とか、国文学の周辺の授業をするくらいでしょうから「あの先生は文学のことはわかってるけど、他のことは知ってるのかな?」という印象を与えるかもしれません。
ところが私は「竹取物語は」「平安時代の生活は」という本来の専門に関する話をしたかと思うと、「無形文化遺産になっている地中海食の魅力とは」「天皇の生前退位に関する歴史やそれを実現するための法改訂の手順は」「アメリカの教育学者の唱えた発達課題とは」「レストランでバイトしている時に水をこぼした時のあやまり方は」など、

    なんでもござれ

のような授業をしているのです。すると学生は、「この先生、何が本職なんだろう?」と思うこともあるらしいのです。さすがに理系の(化学とか数学とか)授業はありませんが(笑)、高校の科目でいうと、国語と社会の教師を兼ねていることは間違いありません。

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それでは私は何でも知っているのかと言うと、それはまったく違います。それどころか、同僚の人たちに比べるとものを知らない人間です。一般社会のこと(政治、経済など)はわからないし、語学はできないし、理系に関することなどお手上げです。
それでも生きていくためにはしかたなくあれもこれも授業をしなければならず、そしてその内容が多岐にわたるために、予習に時間をかけて話をしていかねばなりません。自分の勉強を含めたら、土日も返上で仕事をしないととても追いつかないのです。
先日、愚痴のように「・・・というわけで忙しいんです」と話のついでに言ってしまいました。するとある学生が、「大学の先生って、

    勉強するんですか?」

と真面目に質問してきました。
おそらく彼女は「大学の先生は賢くて何でも知っているので、今さら勉強なんてしなくてもいいんだ」と思っていたのでしょう。ですから「実は物知らずで賢くなくて、ネットのお世話になったり、図書館に何度も往復して調べなければ授業はできないのだ」という私の回答を聴いて驚いたかもしれません。
教員がものを書いて生きているということはあまり表に出ませんし、特に私の場合、彼女たちの専門とは異次元の世界ですから、彼女たちが私の書いたものを目にすることはまずありません。大学の教員は

    授業さえしていればいい

のだと思われている可能性もあるのです。
そして「勉強するんですか?」と聞かれた私は、思わず息が詰まりそうになって、「え、あの、そうですね。みんながみんなするとは限りませんが」といいそうになりました。実際、予習はほとんどしなくても授業はできるという人はいます(あるいはそれが普通なのかも)し、論文を書かない人もいます。そう思うと、何だかあくせくしている自分は変なのかもしれないと思えてしまうのでした(笑)。

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