大阪に来られたら(5) 

さて、いよいよ当流浄瑠璃の祖、

    竹本義太夫

の古跡です。
義太夫は本名を五郎兵衛といったらしく、四天王寺近くの生まれで、農業に従事していたようです。
生誕の地など厳密に分かるはずもありませんが、今は谷町筋の堀越神社の南を生誕の地として石碑が建てられています。
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義太夫生誕の地・石碑

彼は清水理兵衛に見出されるわけですが、その「清水(きよみず)」とは例の「(大阪の)清水寺」のことです。理兵衛はこの近くで料亭を営んでいたということです。

その後彼は京に行ったり、全国を旅したり、そしてついには道頓堀竹本座を本拠に活躍しますが、その墓はやはり四天王寺の南すぐの超願寺にあります。

以前は雨ざらしになっていたのですが、墓石の剥落がはなはだしく、今では屋根が付けられています。

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この墓の上部に紋が刻まれているのですが、拡大するとこんな感じです。
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なんとか見えるでしょうか? これはどうやら竹六環に九枚笹の竹田の紋のようです。義太夫は本来鞠挟みに笹です。

義太夫の墓は東京の回向院などにもありますが、四天王寺にも供養塔があることはすでに書きました。四天王寺の西門の石の鳥居を抜けてすぐ右手にあります。

超願寺まで来られたら庚申堂(こうしんどう)に参っておくのもいいと思います。
1300年ほど前の疫病が大流行していた1月庚申の日、青面金剛童子がここに出現して、その疫病をしずめたといいます。義太夫もきっと参詣したんでしょうね。

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さて、これら義太夫の古跡に挟まれるような位置に置かれたのが、名越昭司さんの

    鬘司庵(まんじあん)

です。
やや入りにくい感じがするかもしれませんが、遠慮なくドアを開けて、是非声をかけてください。

    お邪魔します。文楽のファンです。拝見させてください

これだけで雰囲気ががらっと変わると思います。
ついでに藤十郎に勧められて来たとおっしゃってくださるとありがたいです(笑)。ただし、名越さんに「藤十郎」といっても分かりませんので、本名でお願いします(本名は左側「リンク」のところから)。
ここには100点以上の鬘が展示されています。名越さんは正面奥の作業室でせっせとお仕事されているはずです。

JR、近鉄、地下鉄の天王寺駅はもう目の前です。歩き疲れたら駅前でお茶でもお酒でもどうぞごゆっくり。

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コメント

実は私、文楽ファンになるずーっと以前から超願寺さんにはお世話になっていました。
私の母方の家の旅寺なんです。
もともと母方は京都の出なんですが、大阪に住まいを移すにあたり旅寺としてお世話になることになったのだとか。
法事の度に「何やここ昔のユーメーな人のお墓もあるんやて」と聞いていたのですが、竹本義太夫さんと知った時、何か縁のようなものを感じました。
とは言うものの、大阪には文楽ゆかりの方のお墓がたくさんありますし、こんなことは結構あることなのかも知れませんね、やっぱり大阪の人間と文楽って身近なんやなあと改めて感じる次第です。

関西在住の者ながら

藤十郎さんの「大阪に来られたらシリーズ」は、旅心がめばえます。ゴールデンウィークに、「大阪に来られたらシリーズ」を参考にしながら、天王寺界隈を散策しようと思います。
散策の最後は、通天閣下で串かつとビール。ゴールだけは既に決まってます。
すぐに行けばいいのにと思われるでしょうが、花粉症ですので4月末までは、気軽に出歩けません。

♪睡蓮さん

確かにいろいろ有名な方のお墓は残っていましが、義太夫さんは特別のような気がします。義太夫に守られているからあんなにお上手に語れるのではありませんか?

♪やたけたの熊さん

熊さんなら目を閉じていても歩けるのではないでしょうか。
ゴールは妥当な線ですね

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