晩秋の音楽 

『源氏物語』の話です。
「若菜下」巻に、光源氏の屋敷である六条院で女性たちによる演奏会が催される場面があります。
紫の上の和琴、女三宮の琴(きん)、明石女御の箏、明石の君の琵琶。まことに見事な演奏で、光源氏は満足、一緒に聴いていた光源氏の息子の夕霧も感心しています。
この日は一月の臥待の夕刻。つまり十九日のことです。

    春の初め

で、今で言うと二月末から三月の初旬くらいにあたるでしょうか。演奏が終わり、月が出てきます。臥待ですからおよそ九時半ころに出た月です。光源氏が息子に話しかけます。「春の朧月はなんとも頼りないものだね。秋はさすがにしみじみとして虫の声と響き合うから音楽にはふさわしいね」。今は春なので、物足りなかったかもしれないね、と息子に問いかけているようです。夕霧は「そうですね、やはり秋の方がいいですね」とは言いません。せっかくのいい雰囲気が壊れてしまうでしょう。しかも彼はお世辞ではなく、

    春が音楽にふさわしい

時節だということをきちんと理屈を通して主張するのです。
「秋の夜は月が隈なくものを照らすため笛や琴の音もはっきりして澄んだように聴こえるかも知れませんが、ことさら作り合わせたような空の様子や花の露なども目移りがして限りがございます。春のたどたどしい霞の間から洩れてくる月影に合わせて吹いた笛の音にはまさるものではないでしょう」。

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夕霧はどうも春をひいきにしているようです。それにはわけがあって、彼の憧れの女性は六条院の「春の町」に住む紫の上だからです。彼はかつて台風の日の混乱のとき紫の上の姿をちらりと観たことがあり、そのときの彼女の様子を「春の曙の霞の間よりおもしろき樺桜の咲き乱れたる」に喩えていたのです。今の場面でも「春のたどたどしい霞の間から・・」とありましたが、この言葉を発している時の夕霧の心の中にはあの野分(台風)の日の紫の上の姿が

    オーバーラップ

していたのではないでしょうか。
夕霧はさらに続けます。
「『女は春をあはれぶ』といいますが、まさにそのとおりでございましょう」。
これは注釈書に拠りますと『毛詩』の「女は陽気に感じ、春、男を思ふ」を指すようです。
夕霧があまり熱心に春の音楽を称揚するので、光源氏は「春秋いずれがすぐれているかというのは昔から誰も決めかねているから、我々ごときが定められるものではないが、なるほどものの調べや曲については律(音階のひとつ)を二番目のものとしているようだね」と答えます。一応春秋優劣論は保留しつつ、「律が二番目」ということを確認しています。これはどうやら律に対する

    呂が優位

である、ということをいっているようですが、それが春秋とどう関係があるのかがよく分かりません。そこで古い注釈書を見ますと「呂は春の調べ、律は秋の調べといふか」という記述があります。どうやら呂旋は春の、律旋は秋のしらべという観念があったようです。
昔の物語を解釈するのはやはり難しい面があります。ただ、こういうところをひとつずつクリアしていくと、やはり最高におもしろいのが『源氏物語』なのです。

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