近松忌 

旧暦の十一月二十二日は近松門左衛門の命日に当たります。真冬の時期で、とても寒い時期に亡くなったのです。数えの七十二歳。
『曽根崎心中』を書いたのが元禄十六年(1703)で五十一歳ですから、近松の人生の終盤はとても充実していたことになります。うらやましいです。
昔の著名人の命日に法要を行うなどという場合、今の暦に合わせてしまうことが多いので、季節感はかなり食い違います。
近松の墓は兵庫県尼崎市の日蓮宗

    広済寺

にありますが(もうひとつ、大阪市の谷町筋にも残されています)、このお寺では今の暦の11月22日より前の日曜日に近松祭として法要が行われています。
今年は10月23日だったようです。
11月は文楽のみなさんが公演中で、お寺まで来てもらうのが難しいということもあるのでしょうか。今年は10月30日も公演が始まっていましたしね。
まず広済寺で法要が行われ、それに引き続いて墓前祭があり、文楽人形が境内のお墓に焼香することになっています。私も以前写真を撮らせてもらったことがありましたが、そのときは

    吉田文雀師匠

がいらっしゃっていました(今は和生さんがおいでになっています)。
墓前祭のあとは近松記念館で和生さんらによる『曽根崎心中』道行が上演され、さらに地元のみなさんの出演でさまざまな催しがあったようです。記念館は広済寺に隣接しており、さらには近松公園も整備されています。

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尼崎市は「近松の町」ということで宣伝もしているのですが、いささかインパクトが弱く、ほかにも『義経千本桜』「大物」や『絵本太功記』「尼崎」の舞台でもあるのですから、もっと積極的に文楽との関わりをアピールできないのかな、といつも思います。近松にこだわるのは大事だとは思いますが、こだわり過ぎるとせっかくの観光コンテンツが無駄になるのではないかと。
広済寺はアクセスが必ずしも便利ではありません。近くまで行ってくれる交通手段は

    バス

です。阪急塚口、阪急園田、阪神尼崎、JR塚口、JR尼崎などからすべてバスが出ている、と言えば聞こえがいいのですが、すべてバスに乗らないと行きにくいともいえるのです。
バスの苦手な私はいつも阪急塚口から歩いていく(30分くらいかかるかも)のですが、今さらお寺や公園の場所を移すわけにはいかないのでやむを得ないものの、やはり不便だなと思います。
ともあれ、近松門左衛門の命日が今も忘れられずにあることは嬉しいことです。近松没後三百年は

     西暦2024年

ですから、あと8年に迫っています。文楽でも歌舞伎でも何らかの催しはあるでしょうが、近松が生まれたとされる越前鯖江、長らく暮らした京、そして晩年を送った大阪。それに加えてしばしば通ったと言われる尼崎も盛り上がればいいですね。

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