金比羅大権現 

文楽錦秋公演には『花上野誉碑』が出ました。今ではもう「志渡寺」しか上演されない演目で、しかもその上演も頻繁ではありません。こういう演目は出た時に観ておかないと次にいつ遭遇できるものか分かりません。私など恐らくこれが今生の見納めですから、しっかり拝見しました。しかし朝一番からこの演目ですか。
司馬芝叟(しば しそう)、筒井半二らの合作になるこの作品は天明八年(1788)江戸の肥前座で初演されたそうです。明和元年(1764)に初演された近松半二、竹本三郎兵衛作の

    『敵討稚物語』

の書き換えだとか。「かたきうちおさなものがたり」と読むようです。
こういう書き換えをするのは浄瑠璃の世界ではよくあることで、『仮名手本忠臣蔵』だって数ある義士ものの集大成という感じで、さらにそのあとも書き換えがあったわけですね。
『仮名手本忠臣蔵』が「義士もの」なら、『花上野誉碑』は

    「金比羅利生記もの」

というのでしょうか。四国讃岐の金比羅さんのご利益で仇討ちができることになります。仇討ちでも、少年によるものは珍しいというので取り上げられ、かなり有名になったものです。この演目での敵役は「森口源太左衛門」ですが「堀口」になっているものもあります。そういうところをすこしずつ替えたりするのですね。

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「志渡寺」では民谷坊太郎がものが言えない(ふりをしている)のを何とか言えるようにしようとして水垢離をして祈る場面が重要です。ここで激しい三味線の演奏があり、聴かせどころになっています。
人形の演出として、水垢離というのは本来あまり派手な動きのあるものではないだけに大変だろうなと思います。
この作品は江戸時代の終わりから

    敵討稚文談

というタイトルでも上演されました。こちらは「かたきうちめ(み)ばえぶんだん」と読むようです。「めばえ」は「芽生え」、「みばえ」は「実生え」でしょう。どちらにしても種から芽が出ることです。
『花上野』は「志渡寺」が有名ですが、こちらは

    「百度平住家」

がよく上演されたようです。「百度平」は「ずんどへい」で、忠実な下僕。あの乳母お辻の息子です。その百度平が母親と一緒に住む紀州(和歌山)藤代で、坊太郎とその姉のお梅と再会するのが「百度平住家」の場面です。

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