いもうと 

いもうと

私には2歳違いの妹がいるのですが、もう長らく離れて暮らしていて、年に1度会えばいいくらいです。
関東暮らしが性に合うらしく、ずっと向こうにいて離れる気はないみたいです。唯一の娘で末っ子でもあるためか、父親はとにかくかわいかったらしく、かなり長い期間東京で一緒に暮らしていました。
私とはまるで違う

    現代っ子

で、学生時代には親にねだって車を買ってもらい、路上駐車でもしていたのか、大学へも車で通っていました。就職は東京で、親のコネ。父親が某有名化粧品会社の社長と悪い仲間(笑)だったらしく、話を付けてくれたようでした。それにしても妹は世の中をスイスイと渡っていく、ちょっと言葉は悪いですが、末っ子ならではの(?)

    要領の良さ

のようなものがありました。そのかわり、愛敬は抜群で、父親が彼女にはどうにも弱かったのもうなずけるのです。
いくらか仕事をしたあとは、年齢はやや高めでしたが、穏やかな性格のいい相手と結婚して、男女の子どもにも恵まれています。血がつながっていると言っても、冠婚葬祭でもなければ会うこともなく、住まいも離れていますのでどうしているのかよく分かりませんが、今はただ、元気でいてくれればいいと思うばかりです。

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「いもうと」という言葉は、本来「妹人(いもひと、いもうと)」で「いも」である「ひと」のことですね。男性から見た姉妹のことで、年齢の上下は問いませんから、姉でも妹でも「いもうと」といいました。
そして意味がすこし広くなって、親愛なる女性ということで妻のことも「いも」といいました。万葉集などにしばしば見られ、

    吾妹子(わぎもこ)

という言い方もあります。これは「わがいもこ」が訛ったものです。
同様に「せうと(せひと)」は女性から見て男のきょうだい。年上でも年下でも「せうと」です。漢字で「兄人」とも書かれます。これも「せ」である「ひと」ですから、本来は「せ」だけで女から見た男のきょうだいという意味で、やはり「夫」の意味でも用いられました。

    『妹背山婦女庭訓』

は「妹」と「背」の字を書きますが、この「背」は「兄」と同じで女性から見て男のきょうだい、または夫のことです。
「いもせ」は当然「兄と妹」「姉と弟」の意味があるのですが、「妹背の契り」などというと完全に夫婦関係になることでしょうね。
吉野に行きますと、今も吉野川を挟んで「妹山」と「背山」が向き合って(並んで、かも)います。
「あに」と「いもうと」というと、室生犀星の「あにいもうと」がありますが、この作品からもうかがえるように、兄と妹というのはどこか不思議な愛情で結ばれているように思えてなりません。父親が娘をかわいがるのとはまた違った、同世代の異性のきょうだいである妹を想う兄の気持ちは何となく分かるような気がします。

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