うはなりうち(3) 

フィクションに戻ります。『源氏物語』の女性で、「嫉妬」ということばから最初に思い出されるのは六条御息所ではないでしょうか。しかし『源氏物語』のすばらしいところは、彼女が嫉妬に狂っている様子を面白おかしく読ませるのではなく、彼女自身がその嫉妬に苦しんでいることを鮮やかに描いているところにあるのだと思います。六条御息所は大臣の娘で、東宮に入内して娘を産みました。次に男子を産めばその子は後の東宮さらには天皇にもなる可能性が高いのです。また夫の東宮葉当然次の帝ですから、もしそうなっていたら彼女は「中宮(皇后)」になることは確実で、「国の母」にもなろうという、輝かしい前途が開けているのです。しかし、肝心の東宮が早世してしまいます。そのあと、光源氏と関係を持ちますが、彼女は光源氏より七歳年長だと考えられます。どんどん光の増す若き光源氏に対して、衰えていく自分を感じないわけにはいかないのです。家柄がよく、美貌で、風雅の面では抜きん出ており、字などとても巧みな人です。それだけに

    プライド

も高く、だからこそ苦しまざるを得なくなるのです。
一方、光源氏の妻は光源氏より四歳年長の葵の上という人ですが、この人も大臣の娘で、光源氏の兄である東宮(のちの朱雀院)から入内を求められたこともあるのです。この人もプライドの高い、すましたところのある人で、光源氏はどうにも馴れ親しむ気持ちになれないまま時を過ごし、その結果、光源氏と結婚して十年にもなるのに子どもがいません。
このように六条御息所と葵の上は似通った面が多いのです。
光源氏の正妻は葵の上ということになるのですが、もし葵の上に子どもができず、六条御息所が出産したら、身分があまり変わらないだけに立場は逆転するかも知れません。ところが、葵の上が懐妊するのです(二十六歳のとき)。これは六条御息所にとっては大きな打撃であったはずで、「自分はもう終わりなのか」と鬱屈した気持ちになったのではないでしょうか。内向的な人です。
そんな初夏の頃、まもなく

    葵祭

だというので、京の都はいささか浮き立っています。

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祭りの前に賀茂斎院(かものさいいん)の御禊があり、光源氏はその行列に連なります。そこで葵の上の女房たちは「見物に行きましょう」とさかんに葵の上を誘います。葵の上は気が進まないのですが、母の勧めもあって出かけることにしました。少し遅れていったので、見物人が多く出ていて、車を停めるところが見つかりません。しかしそこは左大臣のお嬢様、光源氏の正妻の権威がものを言ったようで、他の車が場所を譲ります(むりやり譲らされたのでしょう)。ところが、どうしても場所を譲らない車があるのです。こうなると葵の上の家来たちは酒の勢いもあって喧嘩腰でその車を退けようとするのです。抵抗も虚しく、その車は傷つけられた上に追いやられてしまいます。そしてその車に乗っていのはこっそりと愛しい光源氏の姿を見ようと出かけてきた

    六条御息所の車

だったのです。よりによって葵の上に屈することになった六条御息所の心の内は穏やかならぬものだったでしょう。葵の上が命令したことではないと言っても、事実上この正妻に追っ払われたのですから。
しかし六条御息所は報復をするような人ではありません。ただただ心の中で煩悶を繰り返しているのです。光源氏はこのできごとを耳にして、「女性同士は仲良くしてもらわないと困る」といささか腰が引けています。あの「三妻錐」の藤原兼家がふと思い合わされます。
六条御息所には、皇后候補であったプライドがあり、光源氏の妻としても葵の上に劣らぬはずが、葵の上は懐妊、自分はまもなく三十歳になり、出産は困難と自覚もしていたでしょう。そのうえにこの

    「車争い」

での敗北が重なったのです。
六条御息所はその後、夢を見ることがありました。
「少しうちまどろみたまふ夢には、かの姫君と思しき人のいときよらにてある所に行きてとかくひきまさぐり、うつつにも似ず猛くいかきひたぶる心出できてうちかなぐるなど見えたまふこと度重なりにけり」 
(少しうつらうつらなさる夢に、あちらの姫君【葵の上】と思われる人がとても美しい様子でいらっしゃるところに行き、なぶるようにして、現実とは思えないほど荒々しい、抑えがたい気持ちになって引きむしったりする、などという姿が見えることが度重なったのであった)
理屈から言うと六条御息所が「うはなり」になるのですが、敗北者という意味では、嫉妬するのは六条御息所のほうだったのです。そして彼女は夢の中で「うはなりうち」のような行為をおこなっているのです。
目覚めた六条御息所がふと気がつくと衣類や髪に「芥子(けし)」の匂いがします。芥子と言えば祈禱をする時に使うもの。彼女の家ではそんなことはしていません。今祈禱をしていると言うと、安産を願っておこなわれている左大臣邸(葵の上の家)でのものが思い合わされます。これはひょっとして・・・
                    (明日に続く)

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