うはなりうち(7) 

1週間にわたり「うはなりうち」について書いて参りました。
本日はそのまとめです。

「うはなりうち」の歴史を振り返ってみますと、時代によって意味合いが異なっていました。
元の妻が新しい妻を襲うという意味では一貫していますが、平安時代の藤原道長の日記『御堂関白記』を見ますと男性が参加してかなり

    荒っぽく攻撃する

もので、襲撃に加わった道長の家の雑人は道長に逮捕されているようです。そのあとどうなったかは書かれていないのですが、処罰されたと見るのが普通ではないでしょうか。
それが次第にルールのようなものができるようになって、「許すための暴力」へ変化していったように思われます。場合によっては金品の授受で話が付いたこともあるのではないでしょうか。
江戸時代にはすでに「過去のもの」になっていたようですが、それだけにこのどこかなつかしい「うはなりうち」は神事や芸能の素材にもなりました。
『勧進帳』『暫』『外郎売』などで知られる歌舞伎十八番の演目に

    「嫐」(うはなり)

があります。初代、二代の市川団十郎が演じたようですが、その詳細は分かりません。しかし、昭和六十一年に国立劇場で復活されたことがあり、昨年は舞踊劇として市川海老蔵らが上演しました。

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鳥取県西伯郡大山町にある高杉神社では、四年に一度(オリンピックと同じ年。つまり今年もおこなわれました)

    うはなり神事

がおこなわれます。雄略天皇の頃、災難が続いたことがあり、それは孝霊天皇に仕えた「松姫命」「千代姫命」の霊が本妻の「細姫命」に嫉妬しているからだという託宣があったのだそうです。そこでこの3人の社を作って神事を行なうと厄災はおさまったと伝えられているそうです。
こうして長い歴史の中で「うはなりうち」はいろいろな姿を見せてくれました。さて、江戸時代の山東京伝は「200年来こういう風俗がなくてめでたい」といっていましたが、その後「うはなりうち」のようなことはほんとうに

    姿を消した

のでしょうか?
現代もよく似た話はあるのではないでしょうか?
奥さんが旦那さんの様子が最近おかしいと思っている、旦那さんが日曜日に「パチンコに行ってくる」といいながらやけにおめかしして出かけようとする、これはあやしいというのであとをつけたらどこかのアパートに入っていく、ピンと来た奥さんが飛び込んでいくと若い女がいる、そこで大暴れする、なんて・・・ないでしょうかね?
最後につまらないことを書いてしまいました。
およそこのようなことをお話ししようと思っていたのです。
ここで改めて皆様に御詫び申し上げ、筆をとめることに致します。

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