『源氏物語』逍遥(四) ーあふさきるさにー(その1) 

私が短歌の雑誌に連載させていただいている源氏物語のエッセイです。第四回になりました。
今日からのブログにも書き留めておきます。


 雨は土地を潤し、人の渇きを癒す、生活に不可欠なものであることはわかっていても、長く続くと鬱陶しく、外出することすらためらわれます。「蛇の目でお迎え」にきてくれる母さんが嬉しいのは、雨の憂鬱に勝る愛情を感じるからであり、家にじっとしていたら「遊びに行きたし傘はなし」と心は沈んでしまいます。
 唐の無可(むか)上人は「寒い夜に雨の音を聴いていたが、翌朝外に出てみると落葉が降り敷いていた。昨夜屋根をたたいていたのはこれだったのか」と気づいて「聴雨寒更尽、開門落葉多(雨を聴けば寒更尽き、門を開けば落葉多し)」と吟じました。紀貫之もまた、
  秋の夜に雨ときこえて降るものは風にしたがふ紅葉
  なりけり         (『拾遺和歌集』秋)
  (秋の夜に雨だと聞こえて降っていたのは風任せにに吹かれる紅葉なのであった)
と詠み(『後撰和歌集』『拾遺抄』では三句「降りつるは」四句「風にみだるる」)、冷たく寂しい雨と晩秋を彩る紅葉の乱舞を対照させました。
 かくも憂鬱な雨は『源氏物語』ではどのように描かれるのでしょうか。何と言っても印象的なのは光源氏と朧月夜との密会の夜に激しい雷雨があり、翌朝様子を見にきた彼女の父の右大臣にすべてを知られてしまう場面(賢木巻)でしょう。また、その事件が引き金となって光源氏が須磨に流謫すると、翌年三月には風を伴う雷雨がはらめき(バラバラと音をたてて)落ちてきます(須磨巻)。この雷雨をきっかけに源氏は明石に赴きます(明石巻)ので、賢木〜須磨〜明石の展開には、若き日の光源氏の激動の時期を象徴するような激しい雨が大きな役割を果たすことになるのです。今「賢木」と「須磨」の巻を連続させてしまいましたが、この間には「花散里(はなちるさと)」という極めて短い巻が存在します。人柄のよさゆえに光源氏に愛される花散里という人は夏のイメージの強い女性で、この巻でも光源氏は五月雨の晴れ間に彼女を訪ねます。「賢木」と「須磨」という光源氏の転落を描く嵐の巻の間に置かれた「花散里」巻は束の間の五月晴れのようでもあります。ついでながら、澪標巻で光源氏が花散里を訪ねた時もやはり五月雨の晴れ間でした。

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