本を書くということ(1) 

私はこれまでにも本の執筆の経験はあります。しかしそれらはいわゆる学術書で、地域の図書館にも入らず、一般の方々の目には触れないものです。
多数売れることは想定していませんから、一冊の値段はべらぼうに高く、事実上は大学図書館に買ってもらうことが目標になります。
しかし文学部が

    激減している

昨今ですから、そういう本を買ってくれるところが減っていることになり、出版は難しくなってきています。
出版社から送られてくる教科書目録を見ても、以前ならいくらでもあった文学のテキストよりも日本語表現などの教養科目のためのものが目立つようになっています。しかもその著者を見ると国文学専攻の人たちが多く、「ああ、この人たちも苦労してるんだな」と思わざるを得ません。ただ、その内容は(どうしても文学専門の人の作ったものですから)あまり使い勝手のよいものではなく、私はその類の教科書を使ったことはありません。
一般書の話でいいますと、

    ベストセラー

が生まれにくいご時世かも知れません。有名作家やメディアで顔の売れた人が書いたら、そのネームバリューだけでいくらか売れるのでしょうが、そうでない場合はなかなか大変です。村上春樹氏の作品のように、まだ内容もわからないのに予約が殺到するなどというのは例外的な話です。
「法律的に正しい」ということを金科玉条にして他人(例えば政治家)の悪口のようなことを書いては「緊急出版」などといって売ろうとするものもあります。当然「際物(きわもの)」ですから長く売れる(ロングセラーになる)ものではなく、派手に宣伝した上でパッと売って消えていきます。私にとっては見るに堪えないものです。
そんな時代にあって、私はもう本を書くことはないのだろうか、と思うようになっていました。(続く)

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