本を書くということ(7) 

写真の選定は私の苦手分野です。ところがここに救いの神が現れ、カメラマンとしてもキャリアのある人が無報酬で撮影してくれたり取材に同行してくれたり、写真選定に意見を言ってくれたりしたのです。
また写真は何でもいいのかと言うと、やはり本にする場合はこういう写真はダメなんです、というセオリーがあるそうで、編集者のSさんからいろいろ教わりました。
カバー写真はどうするか、この部分に入れる写真はどれが適当か、この写真は入れた方がいいか、やめようか、などなどこまごまとしたことを相談しました。
やがて

    再校

が出て、もうこれでほとんどできあがったようなものかなと思いました。なんのなんの。まだまだこれからです。季節は移り、年は改まっていました。
Sさんから届いた年賀状には「歴史に残る本を作りましょう」とありました。いくらなんでもそれは無理ですよ、と言っていたのでは著者としては不謹慎です。そうですとも、歴史に残るようにするんです、と気持ちをさらに奮い立たせて作業を進め、三校が出ました。これでもうほとんど書き直しらしい書き直しはなくなります。折しも私は右手に異常が発生し、パソコンが上手く使えなくなりました。また、真冬の厳しさで呼吸もつらくなり、さらには携帯電話までダメになってしまったのです。なんだかもう

     しっちゃかめっちゃか

の状態で追い込みをすることになってしまいました。
今日は何月何日なのかもわからないような日々でした。授業は終わり、成績も出し、雑務は適当にごまかし(笑)。
この半年、朝から晩までよく働きました。
三校を返したあとで、本に出てくる方が亡くなりました。サッカーの岡野俊一郎さんです。岡野さんは英太夫さんの高校の先輩に当たるのでお名前を挙げていました。私も子どもの頃から憧れていた方ですので、ショックでしたが、それはそれとして没年を書き込まねばなりません。ぎりぎりで間に合いました。(続く)

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