次男坊 

子供の数が減って、次男とか次女、まして三男、三女などは希少価値がある時代です。以前このブログに書いたことがあると思うのですが、次男の私は親戚から養子に欲しいと言われていました。一人っ子だった私の従姉は、私とは親子ほどの年齢差があるのですが、子供がなく、

    後継ぎ

に困っていたそうです。田舎なので、山も畑もあるちょっとした豪農(?)なのですが、一緒に住めといわれたわけでも、農業をするようにいわれたわけでもなく、姓を改めて、墓さえ守ってくれたらそれでいい、という話でした。
ただ、親戚とはいえまったく知らない家で、ほとんど話をしたこともないものですから、私自身あまり乗り気ではなく、そのうちに別の養子の話があって、無事にその家では後継ぎができたのだそうです。
江戸時代の武家、特にさほどの家柄ではない武家では長男こそ跡を継いで何とかやっていけますが、次男以下の男子は、いわゆる

    部屋住み

ということになり、婿養子の口を探すのが一生の大事でした。それもままならない場合はどういう気持ちで人生を送っていたのでしょうか。
新しい創作浄瑠璃を考えているうちに、そんな「次男坊の悲哀」を書いてみたいと思うようになりました。そして、さらに「次男坊の持つ、一種のエレクトラコンプレックス」は描けないものかとも考えました。エレクトラコンプレックスは本来娘の父親への愛情をいうものですが、次男坊にも何かそういうものがあるのではないかと考えたのです。ファザーコンプレックスというと少し違うのかも知れません。
先日それをやっと書き上げて歌舞伎三味線の野澤松也師匠にお送りしました。使えるものかどうか、不安を抱きながらお返事をお待ちしているところです。

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