文学無用の時代(2) 

菅原道真は音楽も好きだったのです。彼の詩の中に「偏信琴書学者資」(私はひとえに信じている。琴、書は学者の資本になると)という一節があり、音楽と読書は学者にとって何よりも大事な支えになることを感じていたのです。これは中国でも同じで、あの白居易は詩と酒と琴を「三友」としました(白居易「北窓三友」)。ところが道真は、音楽はいまひとつ才能に乏しかったようなのです(といっても人並み以上だったのではないかと思いますが)。彼も七絃の

    琴(きん)

を弾いたりしたのですが、どうもうまくいかなくて諦めたようです。琴(きん)という楽器は『源氏物語』の主人公の光源氏が得意としたものなのですが、演奏がとても難しく、なかなかすぐれた奏者が出ないことが『源氏物語』「若菜下」にも書かれていて、実際、平安時代後期にはあまり演奏されなくなるのです。
道真はだからと言って音楽無用論を唱えるようなことはせず、やはり自分は

    詩に重点を置こう

という気持ちになるのです。
今でも、自分ができないから、自分が知らないから、自分は面白いと思わないから、そんなものは無用だなどという安っぽい考えをする人もありますが、それはおかしな話でしょう。

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お酒はどうだったかというと、彼は下戸だったらしいのです。やはり彼の「秋」という詩に「不解弾琴兼飲酒」(琴を弾くことと酒を飲むことはできない)という一節があるのです。この詩は道真が讃岐守として現地に赴任していた時に作ったもので、異郷にいて都を想う気持ちが募り、楽器やお酒の嗜みがあればいくらかは心を紛らわすこともできるだろうに、それができないのだと嘆いています。
官人としての道真は、詩によって政治を批判しようという態度(中国の在野の詩人はしばしばそういう詩を作りました)ではなく、帝の善政を称えるような「頌の詩人」という立場を取りました。それは彼自身が官僚でしたから野党の立場ではないのですね。ただ、帝に追従するのではなく、しっかりした政治を行うように彼自身が支えつつ、その上で成果を称えるようにしたところが道真の本領だったと思います。
藤原克己先生のお書きになった『菅原道真』の「はじめに」の部分に突然哲学者ハイデガーの名前が出てきます。藤原先生は、ハイデガーの講演

    Wozu Dichter?(何のための詩人か?)

を取り上げて、「人間がこの世界をすみずみまで技術と計量の対象として行けば行くほど、私たちの生の実質がみすぼらしく不毛なものになって行く事態」を憂えていらっしゃいます。
私はこのドイツの哲学者のことには疎いですが、彼の言わんとすること、および藤原先生が彼と道真をつなげて「現代において詩人は(あるいは文学は)無用なのか」を考究することを道真論の基軸になさったことには同じ思いを抱くのです。

    役に立たない

という私には何とも不可思議なレッテルを貼られて大学から姿を消しつつある文学部。「役に立たない」って何? 菅原道真や島田忠臣が呈した疑問を私たちは千年以上経ってまた繰り返さねばならないのでしょうか。
文学無用の時代は文化軽視の時代でもあると思います。私も『文楽 六代豊竹呂太夫 五感のかなたへ』の「あとがき」に「文楽を守り、発展させることは、日本の文化、すなわち日本人のいのちを守ることにつながるのです」と書きました。藤原先生のような見識も学問もない私ですが、思いは通じるところがあると思っています。

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