初めての詩 

私は小さいころから短詩型文学、つまり俳句、短歌、川柳などがとても好きで、自分も作れるようになりたいと思っていました。
大伴家持十六歳の作にこんなものがあります。

    振り仰(さ)けて みかづき見れば 
        一目見し人の眉引(まよびき) おもほゆるかも

                           (『万葉集』巻6・994)

三日月を見るとあの人の眉が思い出される。
川端康成にも「十六歳の日記」(数え年十六歳の日記)があります。三島由紀夫は満十六歳の年に「花ざかりの森」を書いて恩師清水文雄氏(当時学習院教師。のちに広島大学教授。平安時代文学)に激賞されています。
栴檀はやはり双葉から芳香を放つものです。
私も同じころからいろいろ書いていましたが、栴檀ではなかったために無味無臭でした(笑)。
菅原道真はどうだったのでしょうか。道真の詩文を集めたものに『菅家文草』がありますが、その巻頭に置かれたものは、何と、彼が数えの十一歳の時に詠んだ漢詩なのです。

      月夜見梅花
    月耀如晴雪  梅花似照星
    可憐金鏡転  庭上玉房馨


「月夜に梅花を見る」という題です。「月が輝くことと言ったら晴れた日の雪のようだ。梅の花は空に照る星に似ている。なんとすばらしいこと! 月がゆらゆらとして地上では梅の花房が香っている」。韻や平仄を整えてとても美しい情景を比喩、あるいは見立ての技法を用いて詠んでいます。

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春の月の明るさを「晴れた日の雪のよう」と言い、梅の花を星に見立てていますが、その美しさが目に浮かぶようです。三句はまた月になって(「金鏡」は月のこと)結句は梅の香りを称賛しています。視点が上から下、上から下と移動して、前半は比喩、後半は月の動きと梅の香りという、目に見えるものと嗅覚に訴えるものを対比しています。
十一歳は今の学年で言うと小学校4年生ですが、この詩に早くも

    梅が素材となっている

のも注目されます。
道真の場合は、栴檀というよりは梅の香りだったのです。
『菅家文草』には、「月夜見梅花」の次に十四歳の時の「臘月独興」(臘月に独り興ず)、さらにその次には十六歳の「残菊詩」も記録されていて、この鬼才の早熟ぶりには目を瞠るばかりです。
「臘月」は旧暦十二月のことで、冬の終わり。春を目前にしたときの詩です。この七言律詩で道真は春の訪れを待ちかねる気持ちととどまることのない時の流れの中にいて、きちんと勉強していない自分を省みる思いを詠んでいます。

     「あんた、勉強してるやん!」

と言いたいですが、祖父、父がともに文章博士となった学問の家に生まれて自分もまたその後継であらねばならないという強い意志を持つ道真ならではの覚悟が伺える詩と言えるでしょうか。道真が生まれたとき、父は三十四歳で、道真は三男だったらしいのですが、兄たちは幼くして亡くなったようです。
残菊は道真が好んだ題材だったようで、これ以後にもこのテーマで詠んだ詩があります。

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