正誤だけでなく 

仕事で、文部科学省の作っている小学校の学習指導要領を読むことがあります。大体私は役所嫌いで、文部科学省も好きではありません(笑)が、小学校教員になる学生にとっては指針になるものですし、私も見ないわけにはいかないのです。
私の場合は国語科ですが、その指導の目標は次のように書かれています。

  国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成し、
  伝え合う力を高めるとともに、思考力や想像力及び言語感覚を養い、
  国語に対する関心を深め国語を尊重する態度を育てる。


自分が表現できること、他人の話す(書く)ことを理解することが大事です。そして伝え合う、つまりコミュニケーションの力も大切です。さらに思考力、想像力、言語感覚を養う必要があるのです。
ごもっともでございます。
相手のいうことを理解するという点を、私は今、特に重視しています。「話す」「聞く」「書く」「読む」でいうなら

    「聞く」と「読む」

です。
人の言うことを正確に理解するのはなかなか難しく、私自身もその能力が十分だと思っていません。私だけでなく、多くの人がつい自分の言いたいことを主張するばかりで相手の立場に立たないことがあると思うのです。

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このあとに「言語感覚」ということが書かれていますが、これも重要なことだと思っています。文部科学省の解説に拠りますと、これは言葉の「正誤」「適否」美醜」に関わることです。正しいか間違っているか、これが大事なのはわかりやすいです。しかしどういう言葉を使うかという「適否」もまた重要です。そして「美醜」すなわち

    ことばの美しさ

もまた大事だというわけです。正しければそれでいい、というのではない。正しいことをどのように伝えるかということをしっかり教師が身につけて、子どもたちに教えたいものだと感じます。この間、学生にもこのことを強調しておきました。文部科学省、あまり好きではありませんが、なかなかいいことを言っています。
最近

    「論客」

などといわれる人がとんでもなく汚い言葉を使っていることを目にすることがあります。相手を論破するためならそれくらい当たり前だというのが「議論」の常道なのでしょうか。どうも私は馴染めません。
彼らにも小学校国語の学習の目的を読ませたいものです。

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