源氏、源氏、源氏 

高校時代、古文の授業ではあまり多く『源氏物語』には接しませんでした。かろうじて「桐壺」「若紫」「橋姫」などには触れましたが、全体像はわからぬままでした。大学生になって、まず読んだのは谷崎潤一郎初訳『源氏物語』でした。これは戦前独特の雰囲気の中で書かれたもので、光源氏と藤壷の密通や光源氏が準太上天皇の位に就いたことははっきり書かれていません。藤壷密通の場面に来たのでどう書いてあるんだろうと思って楽しみにしていたのですが、がっかりしたことを覚えています。谷崎が訳したのに、時の政府から天皇家の名誉に関わるから削除しろと言われたわけではありません。出版側が

        忖度した

のでした。嫌な話です。
その後、原文に挑むことにしました。まだ私には無理かな、と思っていたのですが、なんのなんの、おもしろくて読むペースが巻を追うごとに上がっていきました。
しかしこの対策はとても私ごときの手には負えないと思って、研究対象にするのは尻込みしてしまったのです。頑張って

    卒論のテーマ

にすればよかったと今になると思います。
仕事をするようになってからは、授業で『源氏物語』をしょっちゅう取り上げました。しかしまだ若気の至りで、きちんと読めもしないのにいいかげんな話をしていたとあの当時の学生さんには申し訳なく思っています。

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それにしてもすばらしいものです。
いくら読んでも尽きないおもしろさがあります。
昨年度は『竹取物語』を授業で取り上げたのですが、今年は『源氏物語』の最後の十の巻、いわゆる

    宇治十帖

を読むことにしました。
学生が付き合ってくれるかどうか心配ですが、精一杯準備してお話ししようと思っています。すでに「橋姫」「椎本」については話を終え、次は「総角」巻です。原文をすべて読むことはできませんので、概略を話しつつ、ここぞと思うところはしっかり原文を朗読するようにしています。学生には現代語訳などをさせることはありません。
もうひとつ、一般の方への講座があります。これは事実上昨年からの継続で、今は

    若菜下

を読んでいます。こちらは一文ずつ丁寧に読んでいます。
さらにもうひとつ、短歌の雑誌への寄稿も続けています。これは「桐壺」からスタートして、まもなく「帚木」が終わり、「空蝉」へという流れです。
まさかこんなに親しくこの物語と付き合うようになるとは思いませんでした。『源氏物語』にはたとえこちらから離れようとしても離してくれない魅力があるように感じます。

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