薫ときたら・・・ 

『曽根崎心中』にせよ、『心中天の網島』にせよ、『冥途の飛脚』にせよ、「この男、何やってるの?」と言いたくなる男性主人公が登場します。こいつがもうちょっとしっかりしていたら、と思うのですが、だいたい、若い男はしっかりなどしていないものです。経験上(笑)そう思います。
呂太夫さんの本にも書いたのですが、こういうダメな男たちが道行の歩みでみるみるうちに成長させられ、

        「恋の手本」

にまで昇華することになります。ドナルド・キーンさんはそれを「寂滅為楽を悟った徳兵衛は歩きながら背が高くなる」(「近松とシェークスピア」)とおっしゃいました。
それにしても、若い男に翻弄される女性たちの悲しみは何とも哀れです。だからこそ芝居になるのでしょうが。

    『源氏物語』

には光源氏をはじめ、さまざまな男性が登場します。たいていは美男で聡明。『源氏物語』はそういう男が女性をとっかえひっかえする物語だと思っていた、としばしば学生がいいます。しかし、この作品はそれだけならこんなに長い間読まれ続けるはずがありません。
彼らもまた時としてダメな男で、やはり女性たちが彼らに翻弄されることが往々にしてあるのです。理想的な女性で光源氏に愛される紫の上でも実に悲しい思いをすることがあるほどです。

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今年度、授業では宇治十帖を取り上げています。
光源氏没後の物語ですが、ここにおもに登場する男性は二人います。ひとりは光源氏の孫で、時の天皇の三番目の男子である匂宮。もうひとりは、光源氏と彼の最後の妻である女三宮の間に生まれた・・いや、世間にはそのように見られているのですが、実は柏木と呼ばれる男が女三宮と密通を犯した時にできた

    

という人物です。この男は仏教に心を寄せて、やはり仏道修行をしている宇治の八の宮(光源氏の異母弟)と交流を持つのです。そして八の宮の娘のうち大君、すなわち長女に好意を抱きます。やがて八の宮は亡くなり、薫は大君と自分、そして中の君(次女)と匂宮の結婚を願うようになります。しかし大君は妹と薫の結婚を望み、自分は宇治に埋もれて暮らすつもりです。その気持ちを知った薫はさて何をしたかというと、匂宮をこっそり宇治に連れてきて無理やり中の君と関係を持たせるのです。そうすれば大君は自分と

    結婚してくれるだろう

と思ったのです。ところが大君は薫と匂宮の計画に驚愕し、中の君と匂宮については既成事実もあるので結婚させることにしますが、自分はかたくなに香るとの結婚は拒否します。そして、大君は心労が重なり、あっけなく二十六歳の若さで亡くなるのです。薫が絶望的な気持ちになったのはいうまでもないのですが、自らの行動がこういう悲劇的な結末を招くなどとは思いも寄らなかったのでしょう。彼女とて薫のことは嫌いではなかったのですが、薫は大きな勘違いをしていたことになります。
この、薫の考え方と行動について、学生に問いかけをしてみたいと思っています。
私はこの薫の女性の心を理解できない未熟さにいつも自分自身を重ねてしまいます。わかってないのです、私もまた。そして、多くの男が同じような過ちを犯して続けてきたことと思います。それがすなわち『源氏物語』が読まれ続けてきた歴史と重なるのだと思います。

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