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死なば秋 

今年も朝顔は終わりになり、種を残して枯れていきます。
『生写朝顔話』は熊沢蕃山の

露の干ぬ間の朝顔を、照らす日影のつれなきに、あはれひと村雨の、はらはらと降れかし

をもとに作られていますが、中でも「露の干ぬ間の朝顔」ということばにはなんとも言えない哀れが催されます。
山本周五郎に

    つゆのひぬま

という、岡場所を舞台にした作品があります。
自分が武家の娘であると偽りながら生きるおひろ。暴風雨で増水して屋根の上におぶんと二人で逃げたとき、初めてその偽りを告白する。もう雨はあがって、空には星が瞬いています。そこにおぶんが待っていた良助が小舟で助けに来る。しかし舟には2人しか乗れない。おひろは1人残って美しい星空を見上げます。
おひろは、良助の愛情も何もかもが露の干ぬ間のことだとおぶんに言っていたのですが、良助の真実はたしかで、「露の干ぬ間」は自分だけのことだった、と思い直しました。

    死なば秋つゆのひぬまぞおもしろき

は尾崎紅葉の辞世の句とされます。「紅葉」の名にもふさわしいかもしれません。
死ぬなら秋がよい。という、それだけの句ですが、この世は露の干ぬ間。それもまたおもしろかった、と感じているのでしょうか。朝顔は秋の季語。
紅葉が亡くなったのは1903年10月30日のことでした。

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