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とけるな、雪山(1) 

『枕草子』の作者の清少納言は大変なインテリだったようです。彼女が生きた時代の男性貴族は学問として古代中国の文学、歴史、思想などを身に付ける必要がありましたが、女性はさほどでもなく、むしろ和歌、音楽、書道、絵、裁縫などに秀でている方がよしとされたようです。
清少納言は父親(清原元輔)が著名な歌人だけに自分はあまり得意でないようなふりもしますが、実際は機知に富んだ歌を詠んでいます。それ以外についても人並みにはできたでしょうが、それよりも監視漢文が好きだったことがうかがわれます。男性貴族がうなるほどの漢文の知識を持ち、それを絶妙のタイミングで表に出す(彼女は隠そうとはしません)のです。あるときは、漢詩の一節を言われて、その次の句を知っているかと問われ、そのまま答えたのではつまらないとばかりに

    和歌の下の句

で答えたりもしています。しかもその和歌は自作ではなくうまく他人の歌を借りたりするのです。
その一方、『枕草子』には女性たちがキャーキャー騒ぐ話も出てきます。なにしろ「笑ふ」という言葉がよく出てくる作品なのです。
彼女の使える中宮(定子)が内裏から少し離れたところに仮住まいしているとき、そこでお経を読む法会がおこなわれたのです。そこにみすぼらしい姿の女性法師がやってきて、何かおさがりをくださいと願うのです。女性法師というと聞こえがいいのですが、物乞いをする人という方が正確だと思います。この女がなかなかのしたたか者で、「自分は仏弟子だから、おさがりをいただくのは当たり前だ」というのです。女房たちがからかい半分に「夫はいるのか」「子はあるか」「どこに住んでいるのか」「歌は歌うか」「舞を舞うか」などと言うと、「夜は誰と寝ようか、

    『ひたちのすけ』

と寝よう。肌触りの良い人だから」などという俗謡のような歌を唄います。この「ひたちのすけ」というのは男性なのか女性なのか、意見が分かれるところです。「常陸介」という名前からしても男だろう、とも、肌を問題にするのだから、これは男性の立場から女性を言ったものだろう、ともいわれます。彼女自身、この歌を唄ったために、女房たちから「ひたちのすけ」とニックネームをつけられ、なるほど女性の名前としてもあり得るものではあります。
私自身は、これはやはり男性を言っているのではないかと思っています。肌ざわりとあるから女性のことに決まっている、というのもわからなくもないですが、女性同士の会話なら男性の肌触りを問題にしてもいいのではないかとも思うのです。
こんなことを書いていると、また「けしからんブログだ」と言われて仕事場のパソコンからは遮断されてしまうかな。でも私のせいじゃないですよ、文学の話ですからね。

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