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斎院らの便り 

清少納言の時代に賀茂の斎院であった人に村上天皇の皇女の選子内親王という人がいました。賀茂の斎院というのは賀茂神社に仕える未婚の皇女で、天皇が後退すると新たに選ばれるのが基本ですが、この選子内親王は円融天皇の時代から花山天皇、一条天皇、三条天皇、後一条天皇の五代にわたって斎院の地位にあったのです。「大斎院」とも呼ばれる所以です。この人は誰からも一目置かれるような人で、特に文化的な面ではひとつの

    サロン

を形成したと言われるくらい注目を浴びました。
あの、雪山がとけるかどうかを話題にしていた正月一日の夜、その斎院から中宮のところにお使いが来ました。それを受け取った清少納言はとるものもとりあえず中宮のところに行きました。中宮はまだ寝ていたのですが、清少納言が格子戸を持ち上げている音に気づいて目を覚まします。そのとき清少納言は「斎院からのお便りがあったからには

    急いで

お渡ししないわけにはまいりません」というのです。ここからも斎院がどういう目で見られていたかがうかがえると思います。
斎院から届いたのは卯槌(うづち)を卯杖(うづゑ)のようにして、山橘やひかげ、山すげなどというご祝儀の花で飾ったものでした。
ところがお手紙がどこにもありません。そんなはずはない、と探ってみると、その卯杖の先の部分を包んであった紙に和歌が書かれていたのです。さすがというほかはないのでした。
なお、卯槌というのは一月最初の卯の日に邪気を祓う目的で贈答された槌で、桃の木などを用いて小さな直方体に整え、縦に穴をあけて五色の糸などを通したものです。卯杖も同じく邪気を祓うもので、これは文字通りの杖です。

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