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宇治の八の宮 

『源氏物語』の終盤に登場する人物に光源氏の末弟の八の宮(八番目の男宮)があります。父は帝で母も家柄はよく、世が世なら帝の地位に昇ったかもしれない人です。
あいにくこの人はとんでもない人に利用されてしまいました。弘徽殿大后という人物で、この人は八の宮の父帝の最初の奥さんです。長男を産んでその子が朱雀帝となりました。ところがその時の春宮(皇太子に当たる)は藤壺女御の産んだ皇子(のちの冷泉帝)で、明らかに源氏方の人なのです。弘徽殿女御はなんとかこの春宮を廃して自分の思うままになる皇子を次の天皇にしようと

    画策した

のです。そして、母に早く先立たれて後見人もなかったこの八の宮に白羽の矢を立てました。しかしその計略はうまくいかず、結局世の中は光源氏を中心に動くことになりました。こうなるとかえってこの宮は零落するほかはなかったのです。女の子が二人生まれたものの、北の方は亡くなりました。学問も十分に修めておらず、世渡りのすべも知らない八の宮ですから、伝来の宝物などは次々になくなり、女房たちも一人去り二人去り、実に心もとない生活をするのです。
結局は習い覚えた音楽と仏道に生きるほかはなく、娘に楽器を教えながら聖のような生活をします。

    「優婆塞の宮」

つまり「在俗で仏道修行に励む親王」とも呼ばれる所以です。
あげくには京の邸が火事に遭って、住み場も失います。かろうじて宇治に持っていた山荘があり、そこで晩年を過ごすことにしたのです。
何ともむなしい人生で、彼は二人の娘の将来を案じつつ、だからといって都に戻たりせずに宇治で朽ち果てようと考え、娘にもそのように言い聞かせています。
「世を宇治山と人はいふなり」。「宇治」は「憂(う)」を感じさせるところなのです。

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