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源氏物語「蓬生(よもぎふ)」(2) 

光源氏が都に戻ってきました。世の中は歓喜の声で大騒ぎです。光源氏の不遇の時期には見向きもしなかった人々ですが、こうなると調子のいいもので、また光源氏に追従(ついしょう)するのです。こういう人間心理も『源氏物語』はさりげなく書きますね。
末摘花は、光源氏の無事の帰京を喜びつつも、自分は他人事として聞かねばならないことを残念に思って人知れず声を上げて泣くばかりなのです。
前回の最後に触れた、末摘花の叔母である、太宰大弐の北の方は「それみたことか。こんな落ちぶれた人を、光源氏が一人前に扱ってくれるはずがないではないか。いつまでも過去にこだわっているのは高慢で気の毒なほどだ」と思って、末摘花になおも大宰府に同行するように勧めます。
女房たちももはや憔悴していますから、「おばさまのおっしゃるようにしていただきたい」と願っています。
しかし当の末摘花は相変わらず心のどこかで光源氏に期待しているのです。この人の性格が伺われます。
原文をあげます。

御心のうちに「さりとも、あり経ても思し出づるついであらじやは。あはれに心深き契りをしたまひしに、わが身は憂くて、かく忘られたるにこそあれ、風のつてにても、我かくいみじきありさまを聞きつけたまはば、かならず訪らひ出でたまひてむ」と、年ごろ思しければ、おほかたの御家居も、ありしよりけにあさましけれど、わが心もてはかなき御調度どもなども 取り失はせたまはず、心強く同じさまにて念じ過ごしたまふなりけり。

お心の中では「いくら何でも、時の経つうちに思い出してくださる機会のないことがあろうか。しみじみと心からの深いお約束をなさったのだから、わが身はつらくて、このように忘れられているが、風の便りででも、私のこのようなひどい暮らしぶりをお聞きつけになったら、きっとお見舞いにおいでくださるだろう」と、年来お思いになっていたので、お住まい全体も以前よりいっそうあきれるほどの荒れ方だが、自身の考えで、ちょっとした調度類なども散逸させずに、辛抱強く同じようにこらえてお過ごしになっているのであった。

とにかくこの人は辛抱強いのです。かたくなと言ってもよいくらい、我慢に我慢を重ねてそれでもなお光源氏を待ち続ける、いじらしさがあります。しかし周りの女房から見ると、世間知らずのばかげた人にも見えるのです。
作者はこのように、いじらしいまでの末摘花を描くのですが、その直後にはこんなことも書いています。

音(ね)泣きがちに、いとど思し沈みたるは、ただ山人の赤き木の実一つを顔に放たぬと見えたまふ、御側目などは、おぼろけの人の見たてまつりゆるすべきにもあらずかし。詳しくは聞こえじ。いとほしう、もの言ひさがなきやうなり。

普段から声をあげて泣いていて、いっそう悲しみに沈んでいるのは、ちょうど山人が赤い木の実一つを顔から放さないようにお見えになる。横顔などは、普通の人ならこらえてでも拝見できないようなお顔立ちなのである。詳しく申し上げますまい。そんなことをしたらお気の毒で、口が悪いようです。

まったくひどいことを書きますね(笑)。「赤い木の実」は彼女の鼻です。「詳しくは言いますまい」なんて今さら遅いですよね。「口が悪いようです」って、十分悪いですね。

末摘花の兄に「禅師(ぜんじ)の君」という僧がいます。この人は、光源氏が催した亡き桐壷院のための追善の法会にも参加したのです。そして禅師の君はその帰りに末摘花を訪ね「すばらしい法会でした。この世の極楽のようでした」などと言って帰ります。そこにやってきたのはあの叔母(大弐の北の方)でした。
末摘花にの乳母子(めのとご)に侍従という者がいました。叔母は、この人を筑紫に連れていくというのです。そしてなおも末摘花に「源氏の君がこの屋敷を手入れしてくださるならともかく、あの方は二条の君(紫の上)に夢中でいらっしゃるので、あなたのところにおいでになることはないでしょう」といって筑紫下向を迫るのですが、彼女は頑として拒みます。しかし末摘花は叔母の言うこと(光源氏が来ることはないということ)は事実だとも思うのです。侍従は別れを悲しむものの、自分の身の上を考えると筑紫に行くのが幸せだとも感じているようです。末摘花は「この人までが自分を見捨てて行くのかと思うと、恨めしくも悲しくも感じます。

形見に添へたまふべき身馴れ衣もしほなれたれば、年経ぬるしるし見せたまふべきものなくて、わが御髪の落ちたりけるを取り集めて鬘にしたまへるが、九尺余ばかりにていときよらなるを、をかしげなる箱に入れて、昔の薫衣香(くぬえかう)のいとかうばしき、一壺具して賜ふ。

形見として与えるべき着馴れた衣も垢じみているので、長年世話をしてくれたことへの報いとする物がなくて、ご自分の髪の抜け落ちたのを集めて鬘になさっていたものが、九尺あまりの長さでたいそうみごとなので、風流な箱に入れて、昔の薫衣香のたいそう香ばしいのを、一壷添えてお与えになる。

自分を置いていく侍従が恨めしくはあるものの、末摘花は人が良くて、何とか形見の品を与えようと思うのです。そして抜け落ちた髪を集めて鬘にしたものを贈るのですが、これがなんと270㎝以上あるというのです。末摘花は、容貌は作者からもけなされるほどでしたが、とても美しい髪の持ち主でした。

絶ゆまじき筋を頼みし玉かづら
   思ひのほかにかけ離れぬる
故(こ)ままの、のたまひ置きしこともありしかば、かひなき身なりとも、見果ててむとこそ思ひつれ。うち捨てらるるもことわりなれど、誰に見ゆづりてかと、恨めしうなむ」とて、いみじう泣いたまふ。

あなたとの関係は絶えることがないものとあてにしていたのに、思いがけず離れてしまうのですね。
亡き乳母の遺言もあったので、ふがいない私の身の上であっても最後までお世話してくれると思っていました。見捨てられるのも道理ですが、誰に世話をしてもらおうかと恨めしくて」といって激しくお泣きになる。

乳母子は幼いころから一緒に育ってきた関係なので、姉妹のような心やすさもあるはずです。その乳母子に見捨てられることを末摘花はひどく悲しむのです。なお、「故まま(亡き『まま』)」ということばがありましたが、「まま」というのは乳母のことを指したのです。今でも母親のこと外国ふうに「ママ」ということがありますが、日本でも昔から乳母のことは「まま」と言っていたのです。赤ん坊が最初に出す言葉らしき声は世界共通で「むまむま」でしょうから、これが赤ん坊にとってもっとも身近な人を指す言葉になるのは自然と言えるでしょう。

侍従は返事をします。

「ままの遺言は、さらにも聞こえさせず、年ごろの忍びがたき世の憂さを過ぐしはべりつるに、かくおぼえぬ道にいざなはれて、遥かにまかりあくがるること」とて、
玉かづら絶えてもやまじ行く道の
    手向の神もかけて誓はむ
命こそ知りはべらぬ」などいふに

「乳母の遺言は、まったく申し上げるまでもなく、長年の、耐えがたいようなつらい世を過ごしてまいりましたが、このように思いがけない道に誘われて、遥か遠くにまいりますこと」と言って、
「離れ離れになってもお見捨てはいたしません手向けの神(道祖神)にかたく誓いましょう。
命はどうなるかわかりませんが」などというと

侍従はこうして去ってしまいます。末摘花は頼みの綱の乳母子に去られて、どうなるのでしょうか。
こうして年が改まりました。光源氏二十九歳の年です。

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コメント

蓬生の巻では末摘花の容貌の事は
さほど醜女とは書いてないです。
末摘花の巻では光源氏の友人達は
酷くけなしていました。
でも、光源氏をいつまでも信じている彼女を侍従達は世間知らずと馬鹿にしています。
髪の毛は綺麗だったとかかれていますが、性格は非常に良かったと思います。貧しくて贈り物に自分の抜けた髪の毛を贈ったと書いていました。(私は不潔でイヤ(笑))
現代の様にカツラの無い時代には
貴重だったのでしょう。
それと、乳母の事を「まま」と
呼んだ事を知り驚きました。

  • [2020/05/07 14:19]
  • URL |
  • ふじしろ小侍従
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蓬生の巻では末摘花の容貌の事は
さほど醜女とは書いてないです。
末摘花の巻では光源氏の友人達は
酷くけなしていました。
でも、光源氏をいつまでも信じている彼女を侍従達は世間知らずと馬鹿にしています。
髪の毛は綺麗だったとかかれていますが、性格は非常に良かったと思います。貧しくて贈り物に自分の抜けた髪の毛を贈ったと書いていました。(私は不潔でイヤ(笑))
現代の様にカツラの無い時代には
貴重だったのでしょう。
それと、乳母の事を「まま」と
呼んだ事を知り驚きました。

  • [2020/05/07 14:23]
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  • ふじしろ小侍従
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コメント 二つ になっていたので、どなたか書き込みなさったと
喜んだのですが、わたしが間違って二回送信したみたい。
ガッカリでした。
皆様参加くださーい。

  • [2020/05/07 19:41]
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  • ふじしろ小侍従
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♫ふじしろ小侍従さま

あまりひどくはないですね。末摘花巻がひどすぎるのかもしれませんが。
末摘花の髪は綺麗で長く、当時はかもじが貴重でしたから、喜ばれたでしょうね。今も、ウイッグにするヘアドネーションがありますね。

>乳母の事を「まま」と呼んだ事を知り驚きました。

これは世界共通語ですね。

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