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源氏物語「絵合(ゑあはせ)」(1) 

『源氏物語』は時間的にも内容的にも必ずしも巻の順になっているとは限りません。時には時間が戻りますし、接続する話の間に入れ子のように挿話が置かれることもあります。「蓬生」巻のひとつ前の「澪標(みをつくし)」巻は六条御息所の娘の前斎宮を光源氏が後見しようとするところで終わっています。それに直接つながるのは「関屋」巻の次の「絵合」巻です。「蓬生」巻と「関屋」巻は、その間に挟み込まれた、末摘花と空蝉という物語の傍流の人たちの後日談でした。
しかし「澪標」巻と「絵合」巻は時間的には少し飛んでいます。「絵合」巻は光源氏三十一歳のことです。

前斎宮の御参りのこと、中宮の御心に入れてもよほしきこえたまふ。こまかなる御とぶらひまで、とりたてたる御後見もなしと思しやれど、大殿は、院にきこしめさむことを憚りたまひて、二条院に渡したてまつらむことをも、このたびは思しとまりて、ただ知らず顔にもてなしたまへれど、おほかたのことどもは、とりもちて、親めききこえたまふ。

前斎宮の御入内のことは、中宮がご熱心にご催促申し上げなさる。こまごまとしたお世話まで、これといったご後見もないと案じていらっしゃるが、大殿は、院がお聞きになるであろうことをご遠慮なさって、二条院にお移し申し上げることをも、このたびは思いとどまられて、ただそしらぬ顔をしていらっしゃるのだが、ひととおりのことについては、お世話をして、親らしくふるまっていらっしゃる。

前斎宮は元の春宮と六条御息所の間に生まれ、朱雀帝の時代に伊勢斎宮となっていた人です。この人の処遇について「澪標」巻で光源氏は冷泉帝の後宮に入れることを決意していました。実は、「賢木(さかき)」巻で伊勢に下るときの斎宮の姿を見た朱雀帝がその美しさに心を動かしていたのです。それだけに、伊勢から帰るとすでに上皇となっている朱雀院はあらためて前斎宮を手元に置きたいと望んでいるのです。六条御息所はそれを聞いて、朱雀帝にはすでに何人もの女性がいらっしゃるので、遠慮したいと考えていたのです。光源氏は御息所亡きあと、前斎宮の身の振り方について藤壺中宮に相談し、冷泉帝に差し上げたいというと、中宮(冷泉帝の母)も賛成していました(ここまでは「澪標」巻の内容)。
それから一年以上経って、今や斎宮は二十二歳になっています。朱雀院はこのとき三十四歳で、前斎宮との年齢関係も不釣り合いではありません。一方、冷泉帝はまだ十三歳なのです。現代では考えにくい、大学三年生の年齢の女性と小学校六年生の年齢の男性の結婚話です。余談ですが、『源氏物語』が書かれた少しあとの寛仁二年三月七日、藤原道長の娘威子が後一条天皇に入内します。このとき、威子は二十歳、天皇は十一歳でした。この、はっきり言ってめちゃくちゃな結婚について、道長は『源氏物語』にもよく似た話があるじゃないか、とでも思ったのではないでしょうか。事実はしばしば芸術を模倣します。
すでに出家している藤壺ですが、ここでは「中宮」と呼ばれています。その中宮から、熱心に早く入内を、と催促があります。光源氏は前斎宮をいったん二条院に引き取ってから養女格にして入内させようとしていました(「澪標」巻)が、院(朱雀院)の耳に入ることを憚ってまだそれは実現していません。それでも着実に入内に向けての準備は進めているのです。

朱雀院は何とも残念に思っています。ここでも彼は敗者なのです。そして、入内の当日になってさまざまな贈り物をしてきます。なんとも複雑な心境での贈りものといえるでしょう。前斎院のもっとも近くでお仕えする女別当(によべたう。斎宮寮の長官を別当といい、男女ひとりずつが任ぜられました。そのうちの女性が女別当)が光源氏に「こういう贈り物がありました」と披露します。光源氏が見ていると、朱雀院のこんな歌が書かれているのを見つけました。
  別れ路に添へし小櫛(をぐし)をかことにて
    はるけきなかと神やいさめし
「伊勢にお下りになる別れの時に、小櫛を添えたが、それを理由として私たちは離れ離れの関係なのだと神がおいさめになったのだろうか」という意味です。斎宮は帝の在位中は都に戻らないので、伊勢への出発の儀式に際しては、帝が斎宮の額髪に黄楊(つげ)の小櫛をさして「帰りたまふな」というきまりがあったのです。斎宮が帰らないということは帝の治世が長続きすることですから。このときのようすについては「賢木」巻に「いとうつくしうおはするさまを、うるはしうしたてまつりたまへるぞ、いとゆゆしきまで見えたまふを、帝、心動きて、別れの櫛たてまつりたまふほど、いとあはれにて、しほたれたせたまひぬ(とてもかわいらしくていらっしゃるうえに、りっぱに飾り立ててさしあげなさったお姿が不吉なまでに美しくお見えになるので、帝=朱雀=は心が動いて、別れの櫛を差し上げなさる時には、あまりのおいたわしさに涙ぐみなさるのであった)」とあります。そのことを神が口実として私たちの仲をはるか遠いものにしてしまったのだろうか、というわけです。「負ける人」である朱雀院の悲痛な訴えです。光源氏はさすがにおいたわしく思うのです。かつて須磨に落ちる時には、院に恨みを持たなかったと言えばうそになるのですが、その一方、院はとてもやさしい人柄なので、申し訳ない気持ちもあるのです。
お返事しないわけにもいかず、光源氏は「形だけでもお返事なさいませ」と勧め、前斎宮は、あの伊勢下向のときに院が涙ぐまれたことなどを思い出して、
  別るとてはるかにいひしひとことも
    かへりてものは今ぞかなしき
とだけお返事したのです。「あのお別れの時『帰りたまふな』とおっしゃったひとことも、帰ってきた今となっては、かえって物悲しいのです」。「かへりて」は「都に帰って」と「かえって~だ」の意味を掛けています。
光源氏は、この不釣り合いな結婚を推し進めるに際して、前斎宮が不愉快に思っているのではないかという思いも抱いています。遠慮がちに、しかしひたみちに進めるこの結婚に対して、光源氏は「もし御息所がご存命ならかいがいしくお世話なさっただろう」と想像し、また御息所の風情豊かな人柄を思い出すのでした。

中宮も内裏(うち)にぞおはしましける。上は、めづらしき人参りたまふと聞し召しければ、いとうつくしう御心づかひしておはします。ほどよりはいみじうされ、大人びたまへり。宮も「かく恥づかしき人参りたまふを、御心づかひして見えたてまつらせたまへ」と聞こえたまひけり。人知れず、大人は恥づかしうやあらむと思しけるを、いたう夜更けてまうのぼりたまへり。いとつつましげにおほどかにて、ささやかにあえかなるけはひのしたまへれば、いとをかしと思しけり。

中宮も内裏におでましになった。帝は、新鮮で心惹かれる方が参られたとお聞きになったので、とてもいじらしいまでにお気遣いになっている。実際の年齢よりはたいそう洗練されて大人びていらっしゃる。中宮も「このように立派な方がまいられるますので、お気遣いなさってお逢いなさいませ」と申し上げなさった。帝は、人知れず、大人の女性はきまり悪いのではないかとお思いになったのだが、すっかり夜が更けて参内なさった。とても慎みがあっておおらかで、小柄で華奢でいらっしゃるごようすなので、たいそうすばらしいとお思いになった。

藤壺中宮はみずからが表に立って運んだ婚儀ですから、現在住んでいる三条の宮からわざわざ内裏に出てきているのです。大人びてはいても、まだ十三歳の帝ですから、二十二歳の女性を迎えるのはきまり悪い思いもします。前斎宮の様子は暗い中でも華奢な感じがわかり、帝は気に入ってしまいました。こうして前斎宮は「斎宮女御」と呼ばれるようになります(梅壺女御とも、そしてのちには秋好中宮と言われます)。

十三歳の帝、実はこれが初めての結婚ではありません。二年前に弘徽殿女御が入内しているのです。この人は権中納言(光源氏のライバル。かつての頭中将)の娘で、帝より一歳年長の十四歳です。こちらは同年代の気安さで子どもっぽい遊び相手のような関係です。光源氏には冷泉帝に入内させられるような実の娘はいませんから権中納言にしてみればわが娘をゆくゆくは中宮にも、と思っています。そして男子が生まれた場合は光源氏を凌駕する権力も手に入れられるかもしれないのです。それだけに、かなりの年長とはいえ、斎宮女御の入内は不安を抱かされるものだったのです。
光源氏は朱雀院を訪ね、今どんなお気持ちなのかが知りたかったので、それとなく斎宮女御のことを話題にします。すると院の表情がいかにも残念そうに見えるのです。院がこれほど残念に思う斎宮の女御という人はどんなに美しい人なのだろう、と、こんな時であっても光源氏は好色心が動きます。光源氏は斎宮女御の姿を一度だけわずかに見たことがあります。それは「澪標」巻で、病の六条御息所を見舞ったときのことです。そのときの印象では「いとうつくしげ」(とてもかわいらしい)「あてに気高きものから、ひちちかに愛敬づきたまへるけはひ(上品で気高いものの、いきいきとして≪小柄で、の意味とも言われる≫愛くるしい感じ)」がしたのです。

かく隙間なくて二(ふた)ところさぶらひたまへば、兵部卿宮、すがすがともえ思ほし立たず、帝おとなびたまひなば、さりともえ思ほし棄てじ、とぞ待ち過ぐしたまふ。二ところの御おぼえども、とりどりに、いどみたまへり。

このように、ほかの人の入る余地もないほどお二人がおそばにいらっしゃるので、兵部卿宮はそうは簡単にご決心になれないのであった。帝がご成人なさったらいくらなんでもお見捨てにはなるまい、とその機会を待って過ごしていらっしゃる。お二方へのご寵愛はそれぞれに篤いもので、競い合っていらっしゃった。

こうなると、それ以外に「我が娘を」と思っていた人は困ってしまうのです。藤壺中宮の兄(紫の上の父)の兵部卿宮は、以前から娘を入内させたいと思っていたのですが、今、なまじ入内させたら恥をかくだけかもしれないと決心が鈍ります。いつかそういう日が来るだろうとかすかな期待を持ちながら待っているほかはないのです。帝の弘徽殿女御と斎宮女御への寵愛はいずれ劣らぬもので、何かと競い合うようになっています。これは光源氏と権中納言の、あるいは源氏と藤原氏の競争でもあります。

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コメント

絵合わせの巻は朱雀帝と冷泉帝の
後宮選びの内側の話を細かく書いてあります。絵合の絵を争の材料にして、大変です。梅壺と秋好中宮が同一人物だった事を忘れていました。
源氏は関わりのあった姫を最後まで
見る誠実な殿ですね。
家事が終わったら、何度もゆっくりと読みたいです。

  • [2020/05/19 09:15]
  • URL |
  • ふじしろ小侍従
  • [ 編集 ]
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♫ふじしろ小侍従さま

光源氏は、本心では斎宮女御に今なお未練があるのですが、ひとまず親代わりをしていますね。
源氏対藤原氏という構図も無視できないですね。
朱雀院はいつもみじめな役回りです・・。

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