幼い頃が見える
- 日々牛歩
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私は人を見る目がないのです。「人」だけでなく、自分でも嫌になるくらい、あらゆるものの真の姿を見通せないのです。よくこれで文学の道を歩んできたものだとあきれかえるくらいです。
ところが、今のような危機的な状況になって、人の本来の姿が見えるようになってきた思いがします。特に感じるのは、「この人は幼い頃こんな人だった音だろうな」ということです。人物の真価を見極めるのは今もできないのですが、何かその人の根本にあるものは見えてくるように思います。
最近、もっとも「わかりやすい人」だと感じるのは今の総理大臣です。
あの人は幼い頃からほとんど変わっていないことが私には感じられます。もちろん、人間というのはそうそう変われるものではありませんから、誰しも大人になってからの姿から
幼時の姿
は想像されるものですが、この人は本当にわかりやすい人なのです。
とにかく人より前に出るのが好きで、大きなことを、いかにも論理的であるかのように言って、自分よりちょっと強そうなヤツが現れたら、そばにいる取り巻きのような友だちに「おい、お前、何とかしてみろ」と言い出す。自分で責任を取るということの意味を知らないまま成長したのだろうな、と感じます。シンゾー少年が、強そうなヤツに対峙するや否や取り巻きの後ろに身を潜めて上目遣いになっている姿が浮かんできます。
責任の取り方を知らないから、以前退陣した時には
投げ出した
といわれたのでしょう。
彼は、自分の政治的レガシーとして憲法を「改正」し、オリンピックを「国の代表」として迎え、万雷の拍手を持って花道を去って行く自分を恍惚として夢見ているのではないか。その一方で、いっそ病気が悪化しないものかと願っているような気もするのです。つまり、現実に対応する気はなくて、夢を見るか逃げ出すかのどちらかしか考えていないように見受けられます。
本人はそれでいいかもしれませんが、そのために多くの人がこうむる迷惑を考えると、やはりこの人は総理大臣になどなってはいけなかった人なのだと感じないわけにはいかないのです。
ちなみに、私もこの総理大臣に似たところがあるような気がしてなりません。よくぞ政治家を目指さなかったことと今さらながら思います。
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- [2020/08/11 00:00]
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