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美人なんて面の皮一枚(1) 

容貌で人を判断してはいけないというのは、私も絶対にそのとおりだと思います。それでもなお美男美女に対する無条件の憧れは人を惑わせることがあります。私が最近書いた「異聞片葉葦」という短い浄瑠璃に、姉の美貌にコンプレックスを持つ妹が「何さ、美人だの何だのったって、そんなの面(つら)の皮一枚のことじゃないか」というせりふがあります。これを書いていて、しみじみこの妹に共感してしまいました(笑)。映画俳優ならともかく、「面の皮一枚」なんかで評価されたくないと感じることは、私もしばしばあります。
十一世紀に書かれた藤原明衡の

    『新猿楽記』

に、猿楽見物に出かけた右衛門尉一家の十三女がいかに不美人であるかを描く一節があります。いわく、
髪は乱れて額が狭く、
歯が見えていてあごが長く、
耳が垂れていて頬が高く、
頬から下は痩せこけて、
歯には隙間があって舌の動きが悪く、
鼻筋が曲がっていて鼻が詰まったように話す。
背骨が湾曲して鳩胸で、
腹が蛙のように出ている。
首が短く背は高く、
手は熊手のようで
足は柄(え)を取った鍬のように
平たくて大きい・・
と、よくもまあ、これだけ悪く書いたものです。
ただ、どういうわけか、目の大きさや形には言及がありません。このあたりの美意識は現代人とは異なるといえるかもしれません。

    『源氏物語』

「末摘花」巻には、末摘花と呼ばれる女性の容貌について、
座高が高く胴長で、
何より醜いのはその鼻。
普賢菩薩の乗り物、すなわち象のようだ。
あきれるほど高くて、
長く伸びて先端が垂れて色がついている。
顔色は雪にも劣らぬ白さで真っ青に見え、
額が広くしもぶくれの顔は
気味が悪いほどの面長らしい。
痩せていることといったら気の毒なほどで、
骨ばって、肩の骨が衣の上まで透けて見える。
と、これまたさんざんに描写されます。芥川龍之介『鼻』の禅智内供は五六寸の長さがあったそうで、さすがにそこまでではありませんが、「普賢菩薩の乗り物」とは読者の爆笑を誘ったことでしょう。人の容貌を笑うとはけしからん、というのはそのとおりです。だからこそ、こういう虚構の世界で思い切って誇張された場面を笑うのは許されてもいいのではないかと思います。いや、許すも何も、おそらく当時の読者は「気の毒なお姫様だ」と同情するのではなく、膝を叩いて笑ったものと私は想像しています。

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コメント

自己中心的、美人論。

拝啓 COVID-19の秋 残暑も台風も規格外です、センセお身体おいとい下さいませです。

で、
@美人だの何だのったって、そんなの面(つら)の皮一枚のこと

ええこと言うわぁ。。
美人の友人や、ハンサムさんと触れ合った結果得た持論。

♪(ここで、ババーン!!とオケが鳴る)

 美人は三日で飽きる

※本物の美人麗人は、300日見ても飽きません。

三日で飽きる、それは本物の美人ではなく美しさがないから。
所詮、面の皮と親の遺産の目鼻立ちだけが綺麗な、ポスターならキレイな芸能人レベル。

この持論は52年生きてきた集大成と言いたいです、ハイ。
これ、広辞苑に載せてほしいです。

因みにセンセは、わたくしの中ではハンサムさんです、イケメンなのかは存じ上げませんが、ハイ。 かしこ


藤十郎さん

武士は自由恋愛ではなく、親たちが結婚相手を決めることが多かったですが、だからなのか

「侍たるもの、骨の上の皮一枚にまどわされるべきではない」
「馬は乗ってみなければ分からぬ、人は添うてみなければ分からぬ」

と言い聞かせたそうですね。


『新猿楽記』の「頬が高く」「鳩胸」は西洋では美人の要素と数えられそうで面白いなあと思います。


最近はオンライン会議やおしゃべりがすごく増え、自分の顔を他の人と並んで見せられることが多くなったからか、アメリカでは美容整形がコロナ禍でかえって増えたそうです。

日本でもますます美容整形が盛んになり、今なら人と会う機会が少ないから、術後のひどい状態を見せずに済む、という理由だからとか。


🎵押しEgoさん

すっかり衰えた者としては、お世辞がつらいです(笑)。
ちょっと、もう50年以上生きてるの? 会ったときは20歳だったのに!
あのころ、押しE goさんと日航(?)に行った人がよく一緒にいたのを見て「キュートコンビだなぁ」と思ったのがつい最近のようです。
ほんものの麗人がおっしゃるのですから、説得力があります。300日見ても飽きない、とご亭主に言われている様子が目に浮かびます。
ちなみに、私の浄瑠璃の美人お姉さんは心もきれいな妹思いの人です。

🎵如月さん

絵巻物に描かれた人を顔を見て「どこが美女美男なの?」と首を傾げる人は少なくありませんね。
逆に、今の漫画やプリクラの機能を見ると、巨大な(笑)目が美しいとされて、あれを平安時代の人に見せたらひっくり返るかもしれません。如月さんもお目々ぱっちりですよね。
たしかに、オンライン会議で自分の顔が映るのは不気味ですね。対面会議では絶対に見えないものが見えるのですから。
だから整形ですか。なるほどねえ。

藤十郎さん

明治や幕末の美人写真を見ると、切れ長の目の古風な和風美人や華やかな目元の現代的な美人など様々でした。

日本人は色々な血が混ざっているので、美人像も色々あるのかもしれませんね。


以下のコロナ下での美容整形を勧める記事を見かけましたが、相当軽いノリでした。

【マスク下でこっそりプチ整形! 美人顔になる“人中短縮”を女性記者が試してみた】

>コロナ禍のいま、マスク下の美容、全然やるべき。そしてコロナ明け、みんな笑顔でマスクをはずそう~!

https://news.livedoor.com/article/detail/18872999/


ある美容整形外科を一押ししており、ステルスマーケティングの可能性も?

注射一本で手軽に美人になるとうたいつつ、その一本が7万5000円というのは高い気がしました。

数か月程度しか持たないようですし。

🎵如月さん

「女性記者が試してみた」というのを見ただけで「何だかステマっぽいなあ」と思う私はひねくれているのでしょうか(笑)。
シワやシミがあるのも年輪を感じますのでいいと思うのですが。落語に、2、3歳若くいうと喜ばれる、という話がありますが、今どきはもっと若く言わないと喜ばれないのでしょうか。

何故だろう・・

何でしょう?
ナンナンやろ・・耳が痛い。

 ①わたくしの生存年数に驚かれるセンセ。(申年ウキキ)
 ②4年間、週5日見ても綺麗だった友人を覚えて居られるセンセ。(彼女はANAでした)

 ③ ※これが重要
@300日見ても飽きない、とご亭主に言われている様子・・

センセ、お世辞のエッジが鈍って居られます。
自称、麗人の振りをするのは得意です、ハイ、ちゃんと弁えております。

が、サブマリンさんは潜らないと真実が見えない達人です。
地上波では、わたくしの顔を認識しないように訓練されて居ります。怒った顔ならいくらでも描けるでしょうが、普段はのっぺらぼうでしょう。

彼に、
センセがわたしのことを麗人って、呼んで下さるンヨ、と報告したところ。
人それぞれ、価値観って違うからなあぁああ、
比較の対象が違うんだろうなぁあ。・・・良かったジャン。
と締めくくっておりました。

デビル度の価値観も人それぞれかと痛感致しました。

美人に産んだ筈だと、今も罵られるツライ申年の押しEgoより。。

  • [2020/09/11 19:09]
  • URL |
  • 耳が痛い・押しego
  • [ 編集 ]
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🎵耳が痛い押しEgoさん

自分の歳から引き算すればわかるはずなのに、いつまでも30代くらいのイメージがあるEgoちゃんです。
意外にもと学生さんのことは覚えているのですよ。お名前を忘れてしまうのですが。
ご亭主には「あれだけ夢中になって結婚したのは誰やねん!」と叱言を言っておきます。
「価値観って違うからなあぁああ」
の「あぁああ」が長いですね。
そんなことを言い合いながら、どうぞお幸せに。

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