fc2ブログ

源氏物語「少女」(5) 

内大臣、すなわち昔の頭中将は有能で光源氏に勝るとも劣らない優れた人物です。ところが、少し年下の光源氏にいつも一歩遅れを取ってきました。スポーツの世界にシルバーコレクター(銀の収集家)という言葉があるそうです。いつも銀メダルばかり取っている、金メダルは取れない人です。この人はまさにこういう人なのではないでしょうか。光源氏さえいなければ第一人者なのに、競うようなことがあるといつも負けています。身分もそうですし、絵合にしても、このたびの娘の立后にしても後塵を拝していました。そしてもう一人の中宮候補の雲居雁まで、よりによって光源氏の息子に奪われそうになり、激しい怒りを見せています。光源氏への対抗心からも、これは許せないことでしょう。さて、彼はどういう行動に出るでしょうか。

姫君は何心もなくておはするに、さしのぞきたまへれば、いとらうたげなる御さまをあはれに見たてまつりたまふ。「若き人といひながら心幼くものしたまひけるを知らで、 いとかく人なみなみに思ひける我こそまさりてはかなかりけれ」とて、御乳母どもをさいなみたまふに、聞こえむ方なし。「かやうのことは限りなき帝の御いつき女もおのづからあやまつ例(ためし)、昔物語にもあめれど、けしきを知り伝ふる人、さるべき隙(ひま)にてこそあらめ。これは、明け暮れ立ちまじりたまひて年ごろおはしましつるを、何かは、いはけなき御ほどを、宮の御もてなしよりさし過ぐしても、隔てきこえさせむとうちとけて過ぐしきこえつるを、一昨年(をととし)ばかりよりは、けざやかなる御もてなしになりにてはべるめるに、若き人とても、うち紛ればみ、いかにぞや、世づきたる人もおはすべかめるを、夢に乱れたるところおはしまさざめれば、さらに思ひ寄らざりけること」と、おのがどち嘆く。

何も知らずに姫君は無邪気なごようすでいらっしゃるのだが、そのお姿を内大臣がお覗きになってとてもかわいらしいとしみじみと拝見なさる。「いくら若い人だからとはいっても、分別をおもちでない人だったとも知らず、まったくこのように人並みにして差し上げようと思っていた私こそこの人以上にあさはかだったのだ」と言って御乳母たちをお責めになるのだが、乳母たちはいいわけのしようもない。「このようなことはこのうえもない帝の愛娘でも、つい過ちを犯すという例が昔物語にもあるようですが、それはお二人のお気持ちを知って仲立ちをする人がうまく隙を伺うのでしょう。こちらは明けても暮れても長年ご一緒にお育ちになったのですから、まだ幼いお年ごろなのに、どうして宮のなさること以上に差し出がましく仲を隔てたりできましょうか、とうっかり見過ごしてまいりましたが、一昨年ごろからはけじめをおつけになるようになっていたようでしたのに、また、若い人といっても人に隠れて、どうしたものか色めかしいことをなさる方もいらっしゃるようですが、このかたはちっとも乱れたところがおありではないようでしたので、まったく思いも寄らなかったのです」とそれぞれに嘆き合っている。

親がこれだけ心配しているのに、娘ときたらまったく無邪気なものです。その姿を内大臣は「あはれ」に見るのです。この「あはれ」は今の言葉ではなかなか表現しにくいですが、「胸がきゅんとして」という感じでしょうか。そして彼は自分がばかだったのだと言いつつ乳母たちを責めます。乳母にしてみると自分たちは大宮のなさることにそうは逆らえないし、また世間の困った男たちと違ってこちらの若君(夕霧)はきまじめな方だけに妙なことにはなるまいと思っていたのですよ、とぶつぶつというばかりです。この乳母たちの言葉は途中で切って複数の人のことばと解してもいいと思うのですが、これだけの長々としたことを全体としてお互いに言い合っていたという程度に考えてここでは切らずに解釈しておきました。

「よし、しばしかかること漏らさじ。隠れあるまじきことなれど、心をやりて、あらぬこととだに言ひなされよ。今かしこに渡したてまつりてむ。宮の御心のいとつらきなり。そこたちは、さりとも、いとかかれとしも思はれざりけむ」とのたまへば、いとほしきなかにもうれしくのたまふと思ひて、「あないみじや。大納言殿に聞きたまはむことをさへ思ひはべれば、めでたきにても、ただうどの筋は何のめづらしさにか思ひたまへかけむ」と聞こゆ。姫君は、いと幼げなる御さまにて、よろづに申したまへども、かひあるべきにもあらねば、うち泣きたまひて、いかにしてかいたづらになりたまふまじきわざはすべからむと、忍びてさるべきどちのたまひて、大宮をのみぞ恨みきこえたまふ。

「まあよい、しばらくこういうことは漏らすまい。隠し通すことはできまいが、気をつけて、あらぬことですというようにしなさい。すぐにあちら(内大臣邸)にお移し申し上げよう。大宮のお心がとてもつらいことだ。そなたたちはいくら何でもこうなればよいとは思われなかっただろうな」とおっしゃるので、お気の毒ではあるもののうれしいことをおっしゃったと思って「まあとんでもないこと。大納言様(雲居雁の母の現在の夫)のお耳に入ることまで気を使っておりますので、どんな立派なお相手であっても臣下の家柄ではどうしてけっこうなお話と思うものでしょうか」と申し上げる。姫君はとても幼いようすでいらっしゃって、(内大臣が)あれこれ申し上げてもわかってもらえそうにないので、少しお泣きになって、何とかしてこの人をつまらない身の上にしないで済むようにと、ひそかにもののわかった女房たちに相談なさって、大宮ばかりをお恨みになる。

内大臣が、この事は内密にしておけと言いつつ、恨めしいのは大宮であって、まさか乳母たちは二人がうまくいけばよいなどとは思わなかったであろうな、と言ったものですから、乳母たちはここぞとばかりに「とんでもない」と否定します。乳母の調子のよさというか、自分が咎められなければ「うれしく」思うというふてぶてしくさえある様子があらわに描かれています。そして彼女たちは内大臣の気持ちに添うようなことを言って自分たちを守ろうとするのです。雲居雁の母の今の夫である按察使大納言にも妙なことが聞こえないように注意をしているくらいで、相手の男性がどんなに優れた人であっても臣下では物足りないと思っている、と内大臣にへつらうように言っています。雲居雁は年齢(十四歳)のわりには頼りなくて言って聞かせてもわかりそうにないので、内大臣は情けなく、自邸に引き取ることを女房たちと内密に語り合っています。女房や乳母たちは、しだいに夕霧の敵になっていくようです。このことは、あとで夕霧が彼女たちにからかわれる下地になっているようです。

宮は、いといとほしと思すなかにも、男君の御かなしさはすぐれたまふにやあらむ、かかる心のありけるも、うつくしう思さるるに、情けなく、こよなきことのやうに思しのたまへるを、「などかさしもあるべき。もとよりいたう思ひつきたまふことなくて、かくまでかしづかむとも思し立たざりしを、わがかくもてなしそめたればこそ、春宮の御ことをも思しかけためれ。とりはづして、ただ人の宿世あらば、この君よりほかにまさるべき人やはある。容貌(かたち)、ありさまよりはじめて、等しき人のあるべきかは。これより及びなからむ際にもとこそ思へ」と、わが心ざしのまさればにや、大臣を恨めしう思ひきこえたまふ。御心のうちを見せたてまつりたらば、ましていかに恨みきこえたまはむ。

大宮はとてもいたわしくお思いになる中でも男君のかわいさはまさっていらっしゃるのであろうか、このような恋心があったこともいじらしくお思いになるのだが、(内大臣が)思いやりもなくとんでもないことのようにお思いになり、またそうおっしゃるのを、どうしてそんなにひどいことだろうか、もともとそれほど大事になさることもなくて、ここまで大切にお世話しようともお考えでなかったのに、私がこのようにお世話し始めたからこそ春宮への入内のことを思いつかれたようだが、そのあてがはずれて臣下と結婚する宿世なら、この君(夕霧)にまさる人がいるだろうか。容貌や姿をはじめ、この人に匹敵する人があろうか、この姫君が及ばない身分の人にもふさわしいと思っているのに、と、ご自身の気持ちが姫君より男君に傾いているからか、内大臣をうらめしくお思い申し上げなさる。このお心の中を(内大臣に)お見せしたら、ましてどれほど(大宮を)お恨み申されようか。

二人ともかわいい孫ではあるのですが、大宮は雲居雁より夕霧贔屓です。『細流抄』は「夕霧をは猶大切に思給也」と記しています。もともと内大臣が雲居雁をあまり大切にしていなかったのに、弘徽殿女御の立后が叶わなかったからといって春宮に入内させる気持ちが強まったようだった。でも、それもうまくいきそうにないとなると夕霧以上の男がいるだろうかと思います。大宮の考えを信じるなら、内大臣はもともとは雲居雁を春宮に入れる気はなかったようで、結局立后の失敗でかなりあせって雲居雁に白羽の矢を立てて春宮妃にしようとしたことがうかがわれます。夕霧は、雲居雁以上の女性、ということは皇女などがふさわしいくらいなのに、とも思うのです。このあとの巻についてご存じの方は、夕霧が、かなり強引にではありましたが、朱雀院の女二宮(落葉宮)と結婚することも思い合わされるでしょう。『岷江入楚』はこうい大宮の考え方について「雲ゐ雁よりも夕霧に御心さしまされはかく色々に夕霧に理をつけ給ふなり」と言っています。

かく騒がるらむとも知らで、冠者の君参りたまへり。一夜も人目しげうて、思ふことをもえ聞こえずなりにしかば、常よりもあはれにおぼえたまひければ、夕つ方おはしたるなるべし。宮、例は 是非知らず、うち笑みて待ちよろこびきこえたまふを、まめだちて物語など聞こえたまふついでに、「御ことにより内大臣(うちのおとど)の怨(ゑん)じてものしたまひにしかば、いとなむいとほしき。ゆかしげなきことをしも思ひそめたまひて、人にもの思はせたまひつべきが心苦しきこと。かうも聞こえじと思へど、 さる心も知りたまはでやと思へばなむ」と聞こえたまへば、心にかかれることの筋なれば、ふと思ひ寄りぬ。面(おもて)赤みて、「何ごとにかはべらむ。 静かなる所に籠もりはべりにしのち、ともかくも人に交じる折なければ、恨みたまふべきことはべらじとなむ思ひたまふる」とて、いと恥づかしと思へるけしきを、あはれに心苦しうて、「よし。今よりだに用意したまへ」とばかりにて、異事(ことごと)に言ひなしたまうつ。

このように騒がれているとも知らずに、冠者の君(夕霧)が参上なさった。(笛を演奏した)先夜も人目が多くて心に思うことも申し上げられないままだったために、いつもより切なくお思いになっていたので、夕方においでになったのであろう。大宮は普段は理屈抜きでにっこりなさってお待ちになってお喜びなさるのだが、まじめにお話し申し上げなさるついでに「あなたのことで、内大臣が恨み言をおっしゃっていらして、とても困っているのです。よりによってだれの目から見ても感心できないことを思い始めなさって、私を悩ませなさるのがやりきれないのです。こんなことは申し上げるまいと思うのですが、内大臣のご不興という事情もご存じでないのでは、と思いまして」と申し上げなさると、いつも気にかけていることなので、すぐに思い当たった。顔が赤くなって「何のことでしょうか。静かなところにこもってしまいましてからは何かと人に会うこともありませんので、お恨みになるようなことはございますまいと存じます」と言って、どても恥ずかしいと思っている様子を、しみじみ気の毒に思って「まあよろしいでしょう。せめて今後は気を付けてください」とだけおっしゃって、ほかのことに話をそらしておしまいになった。

自分のことで騒動が起こっているとも知らず、夕霧がやってきます。大宮はいつもと違って深刻な顔をして話します。いとこ同士で親密になるのは「ゆかしげなきこと」(他者から見て好ましくないこと)だと大宮は夕霧を諭します。世間体のよくないことだというわけです。身に覚えのある夕霧は、ずっと二条東院で勉強しているので人との交流がないと言い訳しますが、言葉とは裏腹に赤面していかにもきまり悪そうです。大宮はさすがにこれ以上とがめだてする気にはなりませんでした。『岷江入楚』はその点について「つよくもえの給はす夕霧をいたはり給ふ心のみえたり」と言っています。

いとど文なども通はむことのかたきなめり、と思ふに、いと嘆かしう物参りなどしたまへど、さらに参らで、寝たまひぬるやうなれど、心も空にて、人静まるほどに中障子を引けど、例はことに鎖し固めなどもせぬを、つと鎖して、人の音もせず。いと心細くおぼえて、障子に寄りかかりてゐたまへるに、女君も目を覚まして、風の音の竹に待ちとられて、うちそよめくに、雁の鳴きわたる声の、ほのかに聞こゆるに、幼き心地にも、とかく思し乱るるにや、「雲居の雁もわがごとや」と、独りごちたまふけはひ、若うらうたげなり。

手紙などもこれまで以上にやり取りするのは難しいだろうと思うと、とても嘆かわしい。大宮はお食事などを差し上げなさるが、少しも召し上がらず横になられたごようすだが、心もうつろで人が寝静まったころに部屋の仕切りの襖を引くのだが、普段は特に錠などを下ろしたりはしないのに、しっかりと鎖して人が中にいる音もしない。とても心細く思われて襖に寄りかかってお座りになっていらっしゃると、女君も目を覚まして、風の音が竹に迎えられてさやさやと鳴るところに、雁が鳴いていく声がわずかに聞こえるので、子ども心にも何かと心が乱れるのであろうか、「雲居の雁はわがごとや」と独り言をおっしゃるご様子は幼くていじらしい感じである。

名場面です。誰の仕業か、錠がおろされていて、相思相愛の若い男女が隔てられてしまうのです。雲居雁のことを「女君」と書くのは例によって恋愛関係にある男女が描かれる場面、あるいは濡れ場に用いられる表現です。風が竹にあたって音を立て、空にはかすかな雁の声。何とも物悲しい状況設定です。風の訪れを竹が待ち受けるようにしているのは、夕霧の訪れを待つ雲居雁のようであり、また雁が鳴き渡るのは次の彼女のひとことにつながっていきます。すなわち、雲居雁は「霧深き雲居の雁はわがごとや晴れせずものの悲しかるらむ(霧の深い中、雲にいる雁は私のように心が晴れずに物悲しい気持ちでいるのだろうか)」の一節を口ずさむのです。たちこめる深い霧のように心が晴れない身の上を、今、空の彼方からわずかに鳴き声が聞こえてきた雁になぞらえているのです。風景と心情が密接につながっています。この歌は出典が明らかではなく、古注釈が引き歌として指摘しているものです。申すまでもなく、この一節によって彼女は「雲居雁」と呼称されることになるのです。

いみじう心もとなければ、「これ、開けさせたまへ。小侍従やさぶらふ」とのたまへど、音もせず。御乳母子なりけり。独り言を聞きたまひけるも恥づかしうて、あいなく御顔も引き入れたまへど、あはれは知らぬにしもあらぬぞ憎きや。乳母たちなど近く臥して、うちみじろくも苦しければ、かたみに音もせず。
さ夜中に友呼びわたる雁が音に
    うたて吹き添ふ荻(をぎ)の上風
身にしみけるかな、と思ひ続けて、宮の御前に帰りて嘆きがちなるも、「御目覚めてや聞かせたまふらむ」とつつましく、みじろき臥したまへり。


とてももどかしい気がするので、「この襖を開けてください。小侍従は控えていないか」とおっしゃるが、返事がない。御乳母子なのであった。先ほどの独り言をお聞きになったのも恥ずかしくて、わけもなくお顔も夜具に引き入れなさるのだが、恋の情趣を知らないわけではないのは憎らしいことよ。乳母たちなどが近くに伏していて身じろぎするのもつらいので、お互いに声も立てない。
  夜中に友を呼んでいる雁の声に加えて
いよいよ甚だしく荻の上を吹く風よ
身に染みることだと思い続けて、大宮のお前に戻ってため息が地になっているのも、(大宮が)目が覚めてお聞きになるだろうかとはばかられて身じろぎしながら横になっていらっしゃる。


夕霧はたまらず「開けてください」と呼びかけ、雲居雁の乳母子である小侍従を呼びますが応答がありません。雲居雁は姿を見られるわけでもないのに顔を夜具で覆ってしまいます。「あいなく」は何の意味もなくというニュアンスで、とても繊細に心の動きが彼女の動作として描写されているといえるでしょう。しかし、乳母が近くに寝ていて身動きするのが困るので、二人は何も言えません。この部分ややわかりにくいのですが、乳母たちがわざと身じろぎして「自分たちは起きていますよ、めったなことをしてはいけませんよ」と暗黙の裡に知らせているのだと考えられます。若い二人が思い切ったことをしようにも、その身じろぎの音を聞くと、そうはいかないのです。ただし、ここで身じろぐのは夕霧や雲居雁だとする説もあります。身じろぎをすると音を立てて気づかれそうになるのでそれもできずに苦しい思いをしている、という解釈です。しかし、文章としては乳母たちが「近く伏してうち身じろく」とありますので、普通に考えると主語の変更はなく、「身じろく」も乳母の行為と思われます。また、そのほうがハラハラドキドキするような面白みも感じられるように思います。夕霧はさきほど雲居雁が口ずさんだ歌に応じて、雁が友を呼ぶように私があなたを求めていると、荻の葉を揺らす風までもが悲しい音を立てる、というのです。「身にもしみける」は「吹きくれば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな」(古今和歌六帖)によるものです。『細流抄』は「荻のうは風身にもしみけると書つゝけたるさま艶におもしろし」と言っています。また大宮のいるところに戻った夕霧はじっとしていられず身じろぎしています。煩悶しているのでしょうか。なお、現代語の「身じろぐ」は古くは「身じろく」であったともいわれ、ここではその形にしておきました。

あいなくもの恥づかしうて、わが御方にとく出でて御文書きたまへれど、小侍従もえ会ひたまはず、かの御方ざまにもえ行かず、胸つぶれておぼえたまふ。女はた、騒がれたまひしことのみ恥づかしうて、「わが身やいかがあらむ、人やいかが思はむ」とも深く思し入れず、をかしうらうたげにてうち語らふさまなどを、疎ましとも思ひ離れたまはざりけり。また、かう騒がるべきこととも思さざりけるを、御後見どももいみじうあはめきこゆれば、え言も通はしたまはず。おとなびたる人や、さるべき隙をも作り出づらむ、 男君も、今すこしものはかなき年のほどにて、ただいと口惜しとのみ思ふ。

どうしようもなく恥ずかしくて、朝早くにご自分のお部屋でお手紙をお書きになったが、小侍従にもお会いになれないし、あちらのお部屋に行くこともできず、胸の痛む思いをしていらっしゃる。女君はまた騒がれなさったことばかりが恥ずかしくて、自分はどうなるのだろうか、人がどのように思うのだろうかとも深くお考えにはならず、美しくかわいらしいようすで、乳母たちが話し合っているのを見ても、男君を疎ましく思う気持ちはないのであった。また、このように騒がれるほどのことともお思いではなかったのに、後見の女房たちが強くたしなめ申すので、手紙を交わすこともおできにならない。大人びた人なら適当な隙を作り出しもしようが、男君もさらに少し頼りない年齢なので、ただとても残念だとばかり思っている。

夕霧は手紙を書いてもそれを雲居雁に渡してくれるはずの小侍従に会うこともできず、ましてみずからがあちらのお部屋に行くことなど叶わないので、悲痛な気持ちになっています。一方の雲居雁はまだ心が幼く、恥ずかしい思いをしたことばかりが気になって、今後のことには思い至らないのです。どこか他人事のような彼女は、自分ではさほどの意識を持っていないのに、女房たちに咎められて、手紙のやり取りもできないでいます。夕霧はまだ十二歳ですから、何とかして逢う工夫もできず、沈んでいるばかりなのです。女房たちの目は夕霧に対してますます厳しくなりそうな予感がしないでしょうか。

大臣はそのままに参りたまはず、宮をいとつらしと思ひきこえたまふ。北の方には、かかることなむと、けしきも見せたてまつりたまはず、ただおほかたいとむつかしき御けしきにて、「中宮のよそほひことにて参りたまへるに、女御の世の中思ひしめりてものしたまふを、心苦しう胸いたきに、まかでさせたてまつりて心やすくうち休ませたてまつらむ。さすがに、主上につとさぶらはせたまひて、夜昼おはしますめれば、ある人びとも心ゆるびせず、苦しうのみわぶめるに」とのたまひて、にはかにまかでさせたてまつりたまふ。

内大臣はそれ以来参上なさらず、大宮のことをあまりにもひどいとお思い申し上げなさる。北の方にはこういうことがあるとは、そぶりにもお見せにならない。ただ、何かにつけてとても不機嫌なご様子で、「(秋好)中宮が格別に意義を整えて入内なさったので、弘徽殿女御が帝との関係で落胆していらっしゃるのを、おいたわしく胸が痛みますので、里下がりをおさせ申して、ゆったりと休ませてあげましょう。こういうことになっても上の御局にいさせなさって、帝は夜も昼もいらっしゃるようですので、おつきの女房たちも気が休まらずつらいと嘆いてばかりいるようですから」とおっしゃって、急に退出させなさる。

内大臣は相当ふてくされているようで、なんとか大宮のところから雲居雁を引き離したいと思います。しかしその口実が必要です。内大臣は雲居雁のことや大宮への不満を北の方(内大臣の妻で柏木や弘徽殿女御の母。雲居雁の母ではない。光源氏を陥れようとしたかつての弘徽殿大后の妹)にはおくびにも出しません。そして、秋好中宮におくれを取った弘徽殿女御のことを案じていると話します。弘徽殿女御はどうしても悲観的になっているので、この際、里下がりさせようというのです。実際は帝の寵愛は続いているのですが、内大臣には思わくがあります。それを口実に雲居雁を引き取る話に持って行くのです。

御暇も許されがたきをうちむつかりたまて、主上はしぶしぶに思し召したるを、しひて御迎へしたまふ。「つれづれに思されむを、姫君渡してもろともに遊びなどしたまへ。宮に預けたてまつりたる、うしろやすけれど、いとさくじりおよすけたる人立ちまじりて、おのづから気近きもあいなきほどになりにたればなむ」と聞こえたまひて、にはかに渡しきこえたまふ。

なかなか暇(いとま)のお許しも出ないのに、内大臣は不満そうな顔をなさって、帝はしぶっていらっしゃったのに無理にお迎えなさる。「たいくつでいらっしゃるでしょうから、あちらの姫君(雲居雁)をこちらに来させて、ご一緒に遊びなどなさいませ。大宮にお預けしているのは安心ではあるのですが、あちらにはこざかしくてませた人が出入りして、自然と近づきすぎるのです。そういうこともよくない年ごろになりましたのでね」と女御にお話しになって急に姫君(雲居雁)をお移し申し上げなさる。

帝が弘徽殿女御を離したがらないのに、内大臣は不満を表明して無理やりに里下がりをさせます。立后のことがあったので、内大臣には申し訳ない気持ちも持っていたかもしれませんし、三十代後半かと思われる政界の第一人者が不満な顔をするのですから、このとき十五歳の若い帝は引き下がらざるを得ないでしょう。そして内大臣は弘徽殿女御に向かって「遊び相手に雲居雁をこちらに移しましょう」と言います。このときの内大臣の言葉に注目したいところです。「いとさくじりおよすけたる人」と夕霧のことを苦々しく表現しています。「さくじる」というのは詮索することで、ここでは「何かと差し出がましいことをするやつ」というほどのかなり手厳しい表現だと思います。ついこういう言葉が出てしまうところにこのときの内大臣の気持ちや、この人物の本来の性格があらわれているようでおもしろいです。こうして雲居雁は大宮のところから移されて、夕霧はこれまで以上に彼女に会う機会を失うことになります。

にほんブログ村 演劇・ダンスブログへ
にほんブログ村
↑応援お願いします
KatayamaGoをフォローしましょう

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/5501-6a9d207b