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『枕草子』と平安時代を読む(3) 

楽器にまつわる話が続きました。次は「ねたきもの」です。「ねたし(妬し)」の語義について渡辺実先生の「枕草子心状語要覧」(岩波新日本古典文学大系)」から説明を引用します。
  「にくし」が、責任は一切相手にある、
という攻撃的な不愉快感であるのに対し
て、これは、自分の備わりの不足に原因
があると認める不快感。すなわち自分の
能力や、注意力などが、もう少し立派で
あったならば防げたかもしれないのに、
それが十分でなかったために、不快な事
態の生起を許してしまったといった思い
を表わす。つまり相手への攻撃によって
不快感から解放されようというのでなく、
自分の内を省みつつ攻撃に出ない所に基
本線があるような感情と言えよう。
単に「癪なもの」「ねたましいもの」と解釈するだけでなく、深くその後の意味を知ったうえで読むと、また味わいが違ってくるかもしれません。

ねたきもの。人のもとにこれよりやるも、人の返事(かへりごと)も、書きてやりつるのち、文字一つ二つ思ひなほしたる。とみの物縫ふに、かしこう縫ひつと思ふに、針をひきぬきつれば、はやくしりをむすばざりけり。また、かへさまに縫ひたるもねたし。

【語釈】
人のもとにこれよりやる・・こちらから出す手紙
人の返事・・人からもらった手紙に対する返信
文字・・ことば。あの言葉はこう書くべきだった、と考え直す
かしこう縫ひつ・・うまく縫った。「つ」は、し終えたというニュアンス。
しり・・糸の、針の反対側。最初に結ばずに縫ったのですべて糸が抜けてしまった
かへさま・・「反し様(かへしさま)」のこと。裏返し

いまいましいもの。人のところにこちらから送る手紙でも、返事の場合でも、書いて送ったあとで言葉をひとつふたつ考え直したの。急ぎのものを縫うのに、うまく縫えたと思って張りを引き抜いてしまったところ、なんとまあ、糸の先を結んでいなかったのだった。また裏表に縫った時もしゃくにさわる。

自分のしでかしたことだけに誰にも文句は言えないのですが、癪に障ることってありますよね。手紙を送ったあと、こう書けばよかったと思ってももう手遅れです。自分が悪いのですが後悔します。現代でも、ポストに手紙を落とした瞬間に「あ、こう書けばよかった」と思ったときなどは悔しいです。そして、縫物をするときに、糸の先を丸めて玉にしなければならないのにうっかり忘れて縫い、できたと思ってスーッと抜いたら糸が全部抜けた、なんて、私も経験のあることです。当時の女性たちにとっても、裁縫は重要な仕事で、『源氏物語』でも花散里という人物などはこれが得意でした。

南の院におはしますころ、「とみの御物なり。誰も誰も時かはさず、あまたして縫ひてまゐらせよ」とて給はせたるに、南面にあつまりて、御衣の片身づつ、誰かとく縫ふと、近くも向かはず縫ふさまも、いとものぐるほし。命婦の乳母、いととく縫ひはててうち置きつる、ゆたけの片の身を縫ひつるが、そむきざまなるを見つけで、とぢめもしあへず、まどひをきて立ちぬるが、御背あはすれば、はやくたがひたりけり。

【語釈】
南の院・・東三条殿の南院。後述。
時かはさず・・次の時にならないように。たとえば今が午(うま)の剋なら未(ひつじ)の剋にならないうちに。
南面・・邸の南側。南の廂の間か。
誰かとく縫ふ・・誰が一番早いか、と競争する様子。
近くも向かはず縫ふ・・向き合っているとおしゃべりをしたりするので、そういうこともせずに黙々と針を動かす様子。
ものぐるほし・・狂気じみている。殺気立った様子であろう。
命婦の乳母・・不詳。「御乳母の大夫の命婦」の段で日向国に下る人物と同じ日とかとも言われる。中宮の乳母か。一説に高階光子(中宮の母方の叔母)のこととも。裁縫がすばやいわりに、裏表にしてしまい、かつ結ぶことを怠るような高齢を思わせる粗忽さがあり、あと始末を若い者にさせようとするわがままなところから、高齢で古参の人物と想像される。
ゆたけ・・裄丈。命婦の乳母は裄丈の片身頃を縫った。
とぢめ・・縫いどめ。
御背あはすれば・・反対側(命婦の乳母が右半分ならこれは左半分)と合わせてみると。
はやくたがひたりけり・・「はやく」は驚きの気持ちを意味する言葉で「なんともまあ」「もののみごとに」というような意味。

(東三条殿の)南院に(中宮様が)いらっしゃるころ「急ぎの(中宮の)お召し物です。誰も皆、時を移さず大勢で縫ってさしあげなさい」といって(布を)くだされたので、南面に集まってお召し物の片方ずつを、誰が早く縫うか、というので、近くに向き合うこともせずに縫う様子と言ったらまったく正気の沙汰ではない。命婦の乳母はとても早く縫い終えてそこに置いたのだが、裄丈の片方を縫ったのだが、裏返しなのに気づかずに、結びどめもしないうちにあわてて立ったのだが、(もう一方と)背を合わせると見事に違っていた。

「南の院」というのは東三条殿という広大な屋敷の南側の建物のことです。この邸は二条通りの南、西洞院の東の南北二町(通常の寝殿造りの邸の二倍。後の藤原道長の土御門殿も同じ南北二町)の邸で、中宮定子の父道隆はこの南の院を自邸としていました。そして長徳元年(995)四月六日に道隆は病のためにこの邸で出家し、同じ日に中宮定子は南の院にやってきましたが、その四日後の四月十日に道隆は亡くなったのです。そして『枕草子』のこの場面は、道隆薨去後すぐのことではないかという説があります。これについては次の文章のところでもう一度書きます。さて、急な縫物の要請が来たのですが、「とみの御物」と「御」が付いていますので、中宮の着るもののようです。女房たちが集まって、競争するようにお互い顔を見合わせることもなくせっせと針を動かしています。その様子は「狂気の沙汰」のようだ、と清少納言は言います。そして、見事トップを飾ったのは命婦の乳母という人でした。縫い終えたものを置いて彼女はさっと立ち上がったのです。いかにも縫物ならお任せ、と言わんばかりのプライドの高さを感じさせます。ところがその出来上がったものは裏返しでしかも結びどめをしていない中途半端な仕上がりでした。その片身頃をもう一方のものと合わせてみるとみごとに違っていたのです。

笑ひののしりて、「はやくこれ縫ひなほせ」といふを「誰あしう縫ひたりとしりてかなほさむ。綾などならばこそ、裏を見ざらむ人もげにとなほさめ、無紋の御衣なれば、何をしるしにてか。なほす人誰もあらむ。まだ縫ひ給はぬ人になほさせよ」とて聞かねば、さいひてあらむやとて、源少納言、中納言の君などいふ人たち、もの憂げにとりよせて縫ひ給ひしを、見やりてゐたりしこそをかしかりしか。

【語釈】
笑ひののしりて・・「ののしる」は大声をあげること。誰もが大笑いしている。してやったりと思っていた命婦の乳母にしてみれば恥をかかされたような気持ちになるだろう。
誰あしう縫ひたりとしりてかなほさむ・・間違って縫ってあるなんてどうせ誰にもわからないのだから、縫い直すことはない、と強がりを言う。
綾などならばこそ・・綾織物であれば表裏は分かるから縫い直すが、これは無紋(文様がない)なのだから表か裏かなど、何を目当てにそれに気付くだろうか、と強弁する。
なほす人誰もあらむ・・直すのであれば、誰でも直せばいい。かなり捨て鉢な表現。
さいひてあらむ・・急ぎのものだけに、いつまでもこんなことをいっているわけにはいかない、というので。
源少納言・・不詳。中宮の女房であろう。
中納言の君・・藤原忠君の娘とされる。
もの憂げに・・わがままを言う命婦の乳母のしりぬぐいをするのでいかにもしぶしぶという様子。
見やりてゐたりし・・命婦の乳母が源少納言らの縫い直しを見ている。
をかしかりしか・・この「をかし」は滑稽なようすだろう。いい歳をして自分の失敗を素直に認めず若い人の仕事を増やす老女房のぶざまな姿。

大きな声で笑って「すぐにこれを縫い直せ」というのを(命婦の乳母は)「間違って縫ってあるとわかる者はいないのに直すものですか。綾などなら裏を見ないような人でもなるほどしかたないと直しましょうが、無紋のお召し物なのだから何を目印にわかるでしょうか。縫い直す人は誰でもいるでしょう。まだ縫っていらっしゃらない人に直させなさいよ」と言って聞かないので、そんなことばかり言ってもいられないというので源少納言や中納言の君などという人たちが、面倒くさそうに取り寄せてお縫いになったのを(命婦の乳母が)じっと座って見ていたのはおもしろいことであった。

この場面が道隆薨去後すぐのこととするのに疑問を投げかけたくなるのは、このときの女房たちの態度ゆえなのです。急のお召し物でしかも無紋(文様がない)というのは喪服のことだろうと考えられているのですが、それにしては女房たちが大きな声で笑い合っていることや、命婦の乳母がいかにも面倒だと言わんばかりの投げやりな態度でものを言ったり仕事をしたりしているところなどがこの悲痛な時の言動としては違和感がありはしないでしょうか。それでも、中宮ともあろう人がそう簡単に父の邸に行くということはありえませんので、悲しい中で女房たちも混乱しているからこその出来事と見るほかはないかもしれません。

おもしろき萩、薄(すすき)などを植ゑて見るほどに、長櫃(ながびつ)持たるもの、鋤(すき)などひきさげて、ただ掘りに掘りていぬるこそわびしうねたけれ。よろしき人などのある時は、さもせぬものを。いみじう制すれど「ただすこし」などうちいひていぬる、いふかひなくねたし。

【語釈】
萩、薄・・秋の草花
植ゑて見る・・移植して観賞する。
長櫃・・直方体の入れ物。上に棒を差し込んで二人でかついでいく。この長櫃に萩や薄を入れて持ち去る。
ただ掘りに掘りて・・勝手にどんどん掘って。権力者が家来に命じて勝手に抜いていくのであろう。
わびしうねたけれ・・制止できないので、どうしようもなく癪に障る。
よろしき人・・ちょっとした男性。女の身の上ではなかなか制止できないが、多少身分の低い者でも、男がいれば文句の一つも言えるだろうに、という歯がゆさ。
ただすこし・・「少しだけだから」と清少納言らの声を無視するように持って行こうとする。いかにも女だからと軽んじられているようで癪にさわる。

美しい萩、薄などを植えて観ている時に、長櫃を持っている者が鋤などを引っ提げてどんどん掘って持って行ってしまうのは、どうにもできずにいまいましい。それなりの者がいる時ならそんなことはさせないのだが。きつく制したのだが、「少しだけ」といって持ち去ってしまうのはいいようもなく癪だ。

秋の草花を観賞しようとしていると、長櫃を持って鋤を使って掘っては持って行く者があります。現代なら信じられないような光景ですが、こういうことはあり得たのでしょう。当然、この場所は中宮の居所であるはずがなく、清少納言の家なのではないでしょうか。そもそも、草花は種を蒔いて育てるというよりは、野に咲くものを持ってきて植えこんで観賞することがありましたので、清少納言にしてもどこかから持ってきた草花かもしれません。そして、身分の高い者が、清少納言のところにきれいな萩が咲いているという話を聞いて、「それではそれを持ってこい」などと家来に命じることもできたわけです。『源氏物語』「夕顔」では光源氏は夕顔の家に咲いて花の夕顔を家来にひと房持ってこいと、家主に断りもせずに言っています。そういうことが平気で行われていたとすると、清少納言クラスの家でも勝手に持って行く者がいても不自然ではないと思います。ここでは「ねたきもの」ですから、そういう連中が憎らしいというよりは、彼らに対して何もできない自分たちがいまいましい感じです。きつく制止してくれる男がいればいいのですが、女性では表に出ていって奪い返すわけにもいかないのです。

受領などの家にも、ものの下部(しもべ)などの来(き)て、なめげにいひ、さりとて我をばいかがせむなど思ひたる、いとねたげなり。見まほしき文などを、人のとりて庭に下りて見たてる、いとわびしくねたく思ひていけど、簾のもとにとまりて見立てる心地こそ、とびも出でぬべき心地こそすれ。

【語釈】
ものの下部・・それなりの立派な家の下部。
なめげにいひ・・高飛車なものの言い方をする。
さりとて・・偉そうに言っているからとはいえ。
我をばいかがせむ・・権門の家来である自分に文句は言えないだろう、と思っている。虎の威を借る狐。
いとねたげなり・・まったくいまいましい。
見まほしき文・・読みたいと思っていた手紙。待ちわびていた手紙が来たのであろう。
人のとりて・・その手紙を取り上げて庭に下りて読むのだから男であろう。
いけど・・男の後を追うのだけれど。
簾のもとにとまりて・・庭に下りるわけにもいかず、簾のそばで手を拱いてみているほかはない。
見立てる・・見て立っている。立って見ている。
とびも出でぬべき心地・・今にも庭に飛び出してしまいそうな気持ち。

受領(地方官)などの家でも、立派な家の下部などが来て、無礼な口をきいて、下部だからといって自分をどうすることもできないだろうと思っているのはとても癪だ。読みたい手紙などを、人が取って庭に下りて立って読んでいるのはまったくどうしようもなくいまいましいと思ってそちらに行くのだが、簾のそばに立ち止まって見ている気分ときたら、今にも飛び出したくなるな感じだ。

虎の威を借る狐のように、ご大家の下部は主人の権威をかさにきて乱暴な物言いをします。そして「おれは○○様の家来だぞ」といって反論もさせないので、そういう連中が癪に障るのです。今でもいそうな、いやなタイプの人間です(笑)。
手紙を読もうと思ったら、人(男でしょう)が取って庭に下りて勝手に読んでいるのです。追いかけて取り返したいのですが、女性の身の上でそう簡単に庭まで下りることもできません。それで簾のところまで行って「返して」と言ってもどうにもならず、癪に障るのです。これも相手の行動そのものを責めるのではなく、どうにも身動きできない自分がいまいましいという気持ちなのでしょう。現代人の考え方なら、日との手紙を勝手に読むなんてあり得ないですが、こういうこともあったのですね。『源氏物語』「夕霧」巻では落葉の宮の母である一条御息所から来た手紙を夕霧が読もうとしていると、ラブレターだと思った夕霧の妻(雲居雁)が背後から奪って隠してしまう、という場面があります。「若菜下」巻では柏木から女三宮あてに届いたラブレターを見つけた光源氏が、女三宮が寝ているときに勝手に読んでしまうという場面もあります。

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