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弁天のことば(2) 

吉田修一『国宝』に登場する脇役の一人である「弁天」という男は大阪のチンピラの出身なのですが、「おもろい」ことにかけては天下一品。ひょんなことから喜久雄や徳次と知り合い、最初はあたりまえのように殴り合いもするものの、不思議な縁で結ばれていきます。この男はやがて芸人になって、一世を風靡し、テレビの寵児となるのです。
「唯一王様を笑えんのが芸人の特権やで。それが王様になってどないすんねん」と痛快極まりないことを言うこの男は、作品の終盤近くになると、毎日のようにテレビに出ている人気者になっています。そして若い芸人が媚びへつらうのはもちろんのこと、

    総理大臣

までが自分の好感度を上げようとするために彼の冠番組に出たがるほどなのです。何だかどこかで聞いたような話です。どこぞの新喜劇に「特別出演」のような形で面白くもない姿をさらしたり、歌手のツイッターでの呼びかけに反応して自分の映像を歌に乗せてアップして顰蹙を買ったり・・。作者は時代を敏感に読み取っているのです。
この男、それでは権力者におもねって増長しているかというと、そうではないのです。あるとき彼はこんなことを言います。

  俺たちみたいに口の達者な奴のほうが
  偉い世の中なんて、俺はまっぴらやわ。
  ……俺は、いっこもおもんなくても、
  口下手な奴のほう信じるわ。

大阪弁としてはいささか疑問もありますが(笑)、これまた今の時代を冷徹なまでに描写した言葉だと思います。
飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍しているのに、彼は「三日もテレビに出えへんかったら世間に忘れられるんちゃうかて恐ろしゅうなんねん」と感じています。そして「ただただ、みんなテレビに出たいだけ。テレビに出られるんやったら政治家にでもニュースキャスターにでもなんにでもなんねん。でも、こんなん続かへんで。こんなインチキな世の中続くわけないで」とまで言うのです。
私は以前、このブログに

    「大声でうそを言う」

という記事を書きました。これは9月30日付でアップしたのですが、実は8月の終わりか9月の初めごろに書いたものなのです。その中で私はこんな意味のことを言いました。「早口の大きな声で分かったようなことを言う人間とじっくり考えてからものを言おうとする人間とでは、例えばテレビのコメンテーターにするなら前者が好まれるのでしょう。しかし、本当に信頼できる発言をするのはどちらかわかったものではないと思います」。これを書いたころ、私ははまだ吉田修一さんの本は読んでいませんでした。
「弁天」の言うことを読んだとき、これは私だけでなく、実は多くの人が感じ取っていることなのだと確信しました。「弁天」は、あるいは吉田修一さんは、それをみごとに言葉にしました。
この小説、おもしろかったです。

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コメント

質問に答えない

さらに安倍氏は「まさに」「先ほどから申し上げている通りに」などと意味のない言葉を乱発させながら、質問に答えないで総理大臣をやってきました。菅氏は言い間違えしないように側近の書いたメモをひたすら読みますが質問には答えません。「総合的、俯瞰的に」などと。個別的、具体的に答えないといけないことなんですけど。
また、いわゆる「都構想」で維新の方々も、質問に対してはしょっちゅう別の話題にすり替えます。以上に共通するのは「質問には答えない」ことだと思います。
政治家の空虚な言葉を分析されたコラムニスト小田嶋隆さんが最近「日本語を取り戻す」を出されました。地元図書館は購入していないようですので、こんどの週末「買ってください」申請をしてきます。

♬やたけたの熊さん

いやもう、よくある風景で嫌になってきます。しかし、いやにならずにダメなものはだめ、と言い続けるほかはありません。
政治家のみならず、空虚な言葉を発する人には哀しみすら覚えます。今の総理大臣も自分の言葉を持っていないように思えて仕方がありません。昨今の政治家の教養の欠如は目を覆いたくなります。

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