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走る人たち(2) 

『伴大納言絵巻』は検非違使(警察)の姿に始まって検非違使に終わる絵巻物です。事件を描くこの話らしい描き方です。しかし最初の検非違使は火事に向かうだけに大慌て。末尾の検非違使は伴大納言を連行する一段なのでおごそかです。身なりも整え、従者たちも草鞋を履いての行進です。
では、貴族は走らなかったのか、というとそんなことはありません。
当時の貴族の行動は絵だけではなく、文献からもかなり事情が分かります。男性貴族の日記にはその仕事ぶりがいろいろ書かれていますし、女性日記にはそういう役人たちの平素の生活もうかがえ、また、彼女たちの衣服や趣味などの記述も多く載せられています。

     『枕草子』

も貴族たちの生活をよく写しています。
後日このブログで紹介することになるのですが、「五月の御精進のほど」の段には清少納言にからかわれる若い貴族の姿が描かれます。詳細は後日に譲りますが、この男、藤原公信(ふじわらのきんのぶ)は、ほととぎすを聴きに行った帰り道の清少納言たちの突然の訪問を受けます。しかし暑い時期(五月は梅雨の頃)とあって、彼は袴もつけないようなくつろいだ格好をしていたのです。そこに彼女たちが来たものですから、あわてて袴を着けたりしています。ところが清少納言たちは「待ってなんかいられない」と車を進めさせるのです。いってみれば、平安時代版の

    「ピンポンダッシュ」

をするのです。やっと袴(指貫=さしぬき)を着けて門を出てみると、すでに牛車はその場を離れています。かれは帯を結びつつ、追いかけるほかはなかったのです。牛車はいくら牛でもモウ(猛)スピードは出ません。それでも少し急かせるとそれなりの速さです。清少納言たちは従者に「急いで、急いで」と言います。公信に意地悪をしているのです。しかたなく公信は、天下の一条大路を、装束を着けながら走らされるというなんとも格好の悪いことをさせられたのです。牛車は、一条大路を東大宮大路で左折して大内裏の上東門に着き、そこでやっと公信は追いついたのです。まだ若い(公信は二十二歳)とはいえ、息を切らせています。やはり運動不足なのかもしれません。
公信は沓を履いていたでしょうから、なかなかうまくは走れなかったでしょうに、「せっかく訪ねたのにまともに応じなかった」などという噂をたてられたのではたまったものではなく、一生懸命だったのです。こういうところに、まだ若手のさほどの名家でもない家の貴族男性と中宮付きの女房との関係がうかがわれるようで面白く感じます。
雨が降っていたうえ、この上東門という門は「土御門(つちみかど)」とも呼ばれるとおり、塀を切っただけの門で、屋根がないのです。そんなところで多少のやり取りをしたものの、彼はずぶ濡れ、「内裏にお入りなさい」と清少納に言われたものの、かぶっているのは烏帽子で、冠ではないために憚られます。やっと自宅から傘を持ってきたものがいて、彼はすごすごと帰っていくのです。
こんな若者を、清少納言はこのあとも軽んじるように扱い、笑いの対象にしてしまいます。怖い女性たちです(笑)。

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