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立役とか女遣いとか 

文楽の人形遣いさんは、ある程度「ニン」というものがあって、荒物遣いか二枚目系か女形かなどいろいろタイプがあるように思います。
先代玉男師匠(当代も)は、基本は立ち役。簔助師匠というとどうしても女形がイメージされます。しかし簔助師匠も『菅原伝授手習鑑』の桜丸、『新うすゆき物語』の妻平など、立ち役のすばらしいものもいくつも見せていただきました。玉男師匠の女形というと『心中天網島』(あるいは『天網島時雨炬燵』)の女房おさんとか『加賀見山旧錦絵』の尾上がよく知られます。母親の情愛をにじませると右に出るもののなかった文雀師匠も『仮名手本忠臣蔵』の判官や『義経千本桜』のすしや弥左衛門などがありました。
やはり人形遣いさんはどんな人形も遣えて当然で、しかも得意分野があるということでしょうか。

    ケレン

も人形浄瑠璃の魅力のひとつですが、先代勘十郎師匠(当代も)の狐忠信の宙乗りは今も脳裏に焼き付いています。簔助師匠も孫悟空を何度も持たれて劇場の上空を飛んでいらっしゃいました。
昔の人形遣いさんはそれこそなんでもなさったようです。人形で初めて紋下となった

    初代吉田玉造(1829~1905)

は、当時の中村梅玉や市川米十郎らとの交誼もあったそうで、そういうところからも芸を取り入れる(この当時、歌舞伎では宙乗りや早替わりなどが盛んにおこなわれていたそうです)こともできたようです。ついでながら、玉造は初代鴈治郎(人形遣いとしての名は吉田玉太郎)との縁も深かったようです。
玉造は荒事が得意だったそうですが、チャリものも、あるいは動物でも何でもござれだったと言われます。狐忠信、玉藻前、孫悟空などは当たり役だったそうで、明治五年、文楽が松島に行ったときに七化けという超人的な早替わりも見せたそうです。木谷蓬吟『文楽史』はこの人について「まるで軽業師のようなことまでした」と言っています。
とにかく人を楽しませることに関しては何でもやってみようという精神だったのでしょう。
私の知る限りでは先代勘十郎師匠がそんな感じだったかな、と思います。型にはまらない人形遣いさん(太夫さん、三味線さんも)というのも文楽にはいてほしいと思っています。

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