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『枕草子』と平安時代を読む(8) 

ほととぎすを聴きに行こうという風流な遠足は、高階明順の邸に行って珍しい農作業や作業歌を見聞きするという「社会見学」の様相をも呈しつつ、ほととぎすにもめぐりあえて、とりあえず目的は果たされました。しかし彼女たちは何かと大騒ぎをしているうちに歌を詠むことを怠りました。そして、その帰り道に卯の花を車にいっぱい飾りつけるという度が過ぎるほどに派手なことをして、誰かに見せつけようとしました。あいにくしかるべき人に会うことが出来ず、一条殿に住む藤原公信に見せようということになって案内を請いました。公信はくつろいだ姿をしていたとかで手間取り、そのうちに清少納言たちは逃げるようにしてその場を去りました。案の定、というべきか、公信は追いかけてきました。卯の花については清少納言のもくろみどおり、公信に見せることが出来ました。これで男たちの間でいくらかでも噂になるでしょう。そんな折に雨が激しくなってきたために、公信は去っていきました。その手には車から抜き取ったものと思われる卯の花が握られていたのです。

さて参りたれば、ありさまなどとはせ給ふ。うらみつる人々、怨じ心うがりながら、藤侍従の、一条の大路はしりつるかたるにぞ、皆笑ひぬる。「さていづら、歌は」とはせたまへば「かうかう」と啓すれば、「口をしの事や。うへ人などの聞かむに、いかでかつゆをかしきことなくてはあらむ。その聞きつらむ所にて、きとこそは詠まましか。あまり儀式定めつらむこそあやしけれ。ここにてもよめ。いといふかひなし」などのたまはすれば、げにと思ふにいと侘しきを、いひあはせなどする程に、藤侍従、ありつる花につけて、卯の花の薄様にかきたり。この歌おぼえず。

【語釈】
参り・・中宮の御前に参上する。
ありさま・・外出のよもやまの話。
うらみつる人々・・一緒に出かけたいと言いながら中宮に制せられていけなかった女房たち。
藤侍従・・藤原公信。
一条の大路走りつる・・公信は一条大路に面した一条殿の北門を出て少し西に走り、左折して東大宮大路を南に走ったのだが、特に南北に邸のある一条大路(東大宮大路は西側が大内裏の塀が続く)を人目も気にせず走ったことを強調するのであろうか。
いづら・・どうしたか、と相手に答えを促すときの言葉。
かうかう・・歌が詠めなかった事情を話す。
啓す・・中宮に申し上げることを「啓す」と言った。天皇に申し上げることは「奏す」。
いかでかつゆをかしきことなくてはあらむ・・どうしてまったくおもしろいことがないということで済ませられようか、の意。
聞きつらむ所・・ほととぎすの声を聞いたところ。明順邸。
儀式定めつらむ・・儀式ばって詠もうとすること。
げに・・なるほど中宮のおっしゃるとおりだ。
いひあはせなどする・・中宮が詠めというのに対してどうしようかと相談する。
ありつる花・・さきほどの花。持ち帰った卯の花。
卯の花の薄様・・卯花襲(うのはながさね)の薄い紙。「卯花襲」は表が白で裏が青。

そうして中宮様のところに参上すると、どんなようすだったかどをお尋ねになる。行けなかったことを恨んでいた人たちが怨みごとを言ったりつらそうにしたりするものの、藤侍従が一条の大路を走ったことを話すと皆笑いころげた。「それで、どうしたの、歌は」と(中宮様が)お尋ねになるので「こうしうしだいで(詠めませんでした)」と申し上げると、「残念なことね。殿上人などが(ほととぎすを聴きに行ったことを)聞いたら、どうして何も風流なことはしなかった、で済まされましょうか。その、聴いたところでさっと詠めばよかったのに。あまりにも本式にしようなどとしたのがよくないのです。ここででもいいから詠みなさい。まったくどうしようもないわね」などとおっしゃるので、なるほどそのとおりだと思うととてもつらくなるので、相談していると、藤侍従がさきほどの花につけて、卯の花の薄様の紙に書いてきた。この歌は覚えていない。

中宮にようすを問われたので明順の家での出来事やほととぎすを聴いたことを話すと一緒にいけなかった人はいかにもうらやましそうで不満げです。ところが公信が帯を結びながら息を切らせて一条大路を走ってきた話をすると一同爆笑したのです。中宮がさらに歌を問うと、珍しい農作業を見たり、雨に遭ったりしたこともあって詠めなかったと答えると、中宮は堅苦しく考えるからできなかったのだ、それなら今すぐここで詠みなさい、とご不興のようです。この部分、定子はわりあいに長い言葉をしゃべっています。懇々と言い聞かせるようにしたのでしょう。清少納言たちがどうしましょう、と話しているところに、あの公信から歌が届きました。卯の花につけて、卯花襲の紙に書くという、彼にしてみれば精一杯の工夫をしたのでしょう。それなのに、清少納言は「その歌おぼえず」とつれないことを書いています。公信はせっかく詠んだ歌を覚えてももらえなかったのです。どこまでもひどい扱いを受けています。本人は分かっているのかどうか・・。

これがかへしまづせむなど、硯とりに局にやれば、「ただこれして、とくいへ」とて御硯蓋に紙などしてたまはせたる。「宰相の君、かき給へ」といふを、「なほそこに」などいふ程に、かきくらし雨ふりて、神いとおそろしう鳴りたれば、ものもおぼえず、ただおそろしきに、御格子まゐりわたしまどひし程に、この事も忘れぬ。

【語釈】
これがかへし・・公信への返歌。
局にやれば・・下仕えの者に取りに行かせる。
御硯蓋に紙などして・・この部分、「御硯蓋(すずりぶた)に紙などして」と読む説と「御硯、蓋に紙などして」と読む説がある。硯の蓋に紙を載せたということなのか、硯とその蓋に紙を載せたものなのか、という違い。前者であれば「御硯の蓋に」と言いそうなところで、また紙だけをもらっても「とく(すぐに)」返事することはできないので疑問が残る。後者は「御硯、紙などたまはせたる」と言えば済みそうではあるが、こちらを取って解釈しておいた。
宰相の君・・藤原重輔の娘。中宮定子の女房で、清少納言と並ぶ才女。この部分、「宰相の君、『書きたまへ』といふを」と読むと、これが宰相の君の言葉になり、清少納言に書いてほしいと言っていることになる。
神・・雷。「神」が「鳴る」ので「かみなり」。
御格子まゐりわたし・・ばたばたと格子を次々に下ろしていく
この事も忘れぬ・・公信はまた忘れられる。

これの返事をまずしよう、などということになって、硯を取りに局に人を遣わすと、「ただもうこれを使ってすぐに返事しなさい」といって御硯と蓋に紙などを添えてくださった。「宰相の君、お書きください」というと、「やはりあなたが」などと言っているうちに、空を真っ暗にして雨が降って、雷がとても恐ろしく鳴ったので、気も動転して、ただおそろしいので御格子を隅から隅まで大慌てでおろしているうちに、このことも忘れてしまう。

返事をしようと言っていますが、なんとなく「やれやれ、公信さんは余計なことをしてくれる」という感じではないでしょうか。浮き立つような思いは見られません。中宮が自分のものを使ってもいいから早くしなさい、とまで言ってくれるのですが、宰相の君と押し付け合いをしています。やがて激しい雷鳴があって、誰もが怖がってばたばたと格子を下ろします。そんなどさくさに、この返歌のこともまたまぎれてしまったのです。

いとひさしうなりて、すこしやむほどには、くらうなりぬ。ただいま、なほ、この返りごとたてまつらむとて、とりむかふに、人々、上達部など、神のこと申しにまゐり給へれば、西面にいでゐて、もの聞こえなどするに、まぎれぬ。こと人はたさして得たらむ人こそせめ、とてやみぬ。なほ、この事に宿世なき日なめり、と屈(くん)じて、「今はいかでさなむいきたりし、とだに人におほく聞かせじ」など笑ふ。

【語釈】
なりて・・「鳴りて」であれば「長らく雷が鳴って」、「(~に)なりて」であれば「長い時間が経って」と読める。
この返事・・公信への返事。
人々・・女房たち。おそらく内裏女房。つまり天皇の使い。
神のこと申しに・・雷のことでお見舞いに来た。
西面・・西の廂。
まぎれぬ・・またまた公信への返事はまぎれてしまう。
こと人はた・・ほかの女房はやはり。あるいは「こと人、『はたさして‥』」と読むこともできるか。
やみぬ・・ついに返事はしないままになった。
この事に宿世なき日なめり・・今日は和歌に縁のない日のようだ。「宿世」はかなり大げさな表現。
屈じ・・気が滅入って。心がふさいで。
さなむいきたりし・・「さ」はほととぎすを聴きに行ったこと。

とても長い時間鳴って、少しおさまったころには、暗くなってしまった。すぐに、やはりこの返事をさしあげようというので、とりかかると、内裏の女房たちや上達部などが雷のことでお見舞いに参上なさったので、西廂に出てお相手などをしているうちに、まぎれてしまう。ほかの女房たちはやはり、名指しされて受け取った人がするべきでしょうといって、とうとうそのままになってしまった。やはり、和歌には縁のない日のようだ、と気がふさいで、「もう何とかしてほととぎすを聴きにったということさえ人にはぺらぺら申し上げるまい」などと笑う。

やっと雷が収まったと思ったら暗くなっていたので、早く公信への返事をしようと手を付けたら、方々から雷のことでお見舞いに来るので、清少納言は西廂で応対しなければならなくなります。内裏が職の御曹司の西側にあるからか、西廂を応対の場にしていたようです。ではほかの人が代わりに返歌をしてくれるかというと、やはり名指しされた清少納言がすべきだといって放置し、結局返事はしないで終わったのです。公信は歌を贈ったものの何の反応もないことで、無視された、という思いだったのでしょうか。なんとも気の毒な話です。結局この日は和歌を詠む機会を失ってばかりなので、もうほととぎすを聴きに行ったことすら誰にも言うまい、と言って、また彼女たちは笑っています。

「今もなどか、その行きたりしかぎりの人どもにていはざらむ。されどさせじと思ふにこそ」とものしげなる御けしきなるも、いとをかし。されど、「今はすさまじうなりにて侍るなり」と申す。「すさまじかべきことか、いな」とのたまはせしかど、さてやみにき。

【語釈】
今もなどか・・以下、中宮の言葉。
行きたりし人ども・・清少納言と一緒にほととぎすを聴きに行った人たち。
させじ・・(私がいくら言っても)それはするまいと思っているようね。
ものしげ・・「ものし」は「何やら心にかかって不愉快だ」の意。中宮がいかにも不満だという様子だという。
すさまじう・・「すさまじ」の「さま」は「冷め」「寒」と語源を同じくするとされる(岩波古語辞典)。やる気をなくした冷めた感情。
いな・・拒絶を表わす言葉。それはだめだ。

「今からでも、(ほととぎすを聴きに)行った人たちでどうして詠まないの。そういっても、もう詠むまいと思っているようね)とご不興の躰なのもとてもすてきだ。でも、「もう興が削がれてしまったのでございます」と申す。「興が削がれたなんてことがあるものですか。だめですよ」とおっしゃったが、そのままで終わってしまった。

中宮はそれでもなお「ほととぎすの歌を詠みなさい」と半ばあきらめ顔でけしかけます。そのご不興のようすについて、清少納言は「なんともすてきだ」とこんなところでも中宮を賛美しています。結局、中宮の再三の催促にかかわらず、歌は詠まれないままに終わったのです。しかし、この話にはまだ後日談があります。

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