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本を書くこと 

学生時代、やはりいつの日か自分の名前が載った本を書きたいと思っていました。恩師たちが次々に出版されるのを目の当たりにして、あそこまではいかなくても、せめて足元くらいには及びたいと思いました。学生時代に、恩師のお手伝いで変体仮名の読み方を調べるための手引書を作ったことはあります。名前は本の中にちょろっと出てきますが、とても著書と言えるものではありません。もっとも、これはけっこうロングセラーで(笑)、今でも売っているのではないかと思います。ただし、念のために申し添えておきますが、いくら売れても私には1円も入ってきません。契約の事はよくわかりませんが、印税は放棄することになっているのかな。なにしろ、国文学の出版社なんて本当にささやかな個人企業みたいなものですから。
やっと著書らしいものが世に出たのは

    20世紀も終わり近く

になったころでした。阪神大震災の時に最後の追い込みをしていたことを覚えています。この本は企画出版でしたので印税ももらっています(ただしすべてその本を買っていろんな方に差し上げました)。その後は不勉強のうえ、病気に見舞われたこともあって、学界から離れてしまい、そういう話が起こらなくなってきました。
それでも、今なお本を書くことへの思いは完全になくなったわけではありません。実際のところ、専門書というのはそうそう売れるものではなく、自費出版は珍しいことではないのです。以前書いたかもしれませんが、あるちょっとした冊子を作って、その費用を自分の裁量で決められる経費の中から出すように仕事場に申請したら、事務の人が会議直前の部屋に血相を変えて駆け込んできて「こんなもん、あきまへんで。

    これ売ってもうけよう

と思(おも)たはるんちゃいまっか」と面と向かって言ってきたことがあります。いくらなんでも言葉が過ぎるでしょう、と言いたかったのですが、事務の人は事情が分からないのでそう思われてもしかたがないのかもしれないと我慢しました。実際は、もうけるどころか役に立ててもらえる人に送るための送料などは全部自費なのです。そもそも売れるようなものではなく、ごく一部の人に使ってもらえるかもしれない資料集に過ぎないのですが、それは事務の人には見分けがつかないでしょう。相手は定年間近の老練職員で、私はまだ若手時代でしたので、その辺を話して、しかもきちんと責任者の印ももらっている費用なのでよろしくと伝え、結局はしぶしぶ(?)出してもらいましたが。前に勤めていた学校では事務の人がこういうことでクレームを付けるなど考えられないことでしたので、この学校は事務職員さんが大きな顔をするんだな、とびっくりしました。それ以後にも似たようなことがあったので、多分学校の伝統というか

    体質

のようなものだろうと思います。とにかく何かあると「事務の人に相談してくる」という人も多かったので不思議でした。
それはともかく、私の恩師たちも、リタイアされた後ずいぶん本を出されたものです。現役時代は時間がなくてまとめられなかったことを一気に本にして出版されたのです。教授時代は著書ゼロという先生も、お辞めになってから何冊も立て続けに出されました。うかがったところでは、毎年1冊出す計画だとおっしゃっていました。
私も、これまでに書いてきたものについて「これ本にしたらええで」と先輩の先生から何度か勧められたこともあるのですが、なにしろ金銭的な余裕がないとできないことですのであきらめてきました。ほんとうは「創作浄瑠璃集」だけでも残したいと思っているのですが、こんなものは売れるものではありませんから、当然自費です。やっぱり無理だな、と思わざるを得ません。
何とか本らしい体裁のものを作って、文楽劇場に寄付すれば、将来もの好きな人が見てくれる日が来るかもしれないな、と思わないでもないのですが(笑)。

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