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玄冬に入る 

Facebookではある人の誕生日が来ると「今日は○○さんのお誕生日です」という通知があります。そして多くの人がおめでとうメッセージを送られます。私も最初の頃はそういうこともしたことがあるのですが、やめてしまいました。
何千人というFacebook友だちをお持ちの有名な方が、誕生日を公開している「友だち」すべてに対して(おそらく毎日複数の)メッセージを送られるのを知っています。ただ、どうしても多数になると丁寧には書けないので、書式が決まっているようで、見た目が味も素っ気もないのです。それでももらった方は嬉しいでしょうし、私はそういうご関係にケチをつける気などさらさらありません。ただ、自分に置き換えた場合、なんとなく

    煩わしい感じ

がしてしまって、私はそういうことはやめようと思ったのです。となると、(おめでとうメッセージをいただかないために)自分の誕生日を公開することもやめないわけにはいかず、ナイショにしています。
このブログではさらに不特定多数の方の目に触れる可能性もあります(実際はFacebookより少ないけど・・笑)ので、自分の誕生日を自分で祝うような記事は書かないことにしてきました。
今年も書きませんが、漠然と言いますと、私は晩秋の生まれなのです。まもなく冬になるという時期です。最近、そういう時期に生まれたことと、自分の人生がそろそろ

    冬に入る、

あるいはすでに入っている、と実感していることがダブって見えてきました。それで、漠然とではありますがここに書いておくのです。
五行の考え方では春は青、夏は朱、秋は白、冬は玄(くろ)の色が当てはめられます。古墳の内部の四方に描かれる四神が東(春)が青龍、南(夏)が朱雀、西(秋)が白虎、北(冬)が玄冬であるのが、まさに季節、方角、色のかかわりを示すものです。
人生も若いころは「青春」といって、青(実際は緑系統全般でしょう)が似つかわしい季節です。そして冬は「黒(玄)」なのです。ちょっと寂しいですけどね。
私の人生もそろそろこの冬に入りそうで、もうあまり表に出ずにご隠居を決め込む時期になってきたのかな、と思います。今年の誕生日には、そんな気持ちも手伝って、

  人の世を惑ひたどりて
   歌を詠み浄瑠璃を書く
    玄冬に入る

と詠んでみました。
人生を、井戸の中の鮒のように、あちらにうろうろこちらにうろうろしてきました。塩冶判官は鮒侍(ふなざむらい)と罵られましたが、私は鮒教師です。そして、冬の時期に及んで、歌を詠んだり浄瑠璃を書いたりするに至ったのだな、と思うのです。
冬が長いのかどうかはわかりませんが、春がもう巡ってこないことだけは確かです。
冬は冬らしく生きたいと思っています。

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コメント

冬の楽しみ

藤十郎さん おそらくご体調が優れないのが知らず知らず影響しているのかと思いますが、なんだか寂しいことを仰っているなと私も寂しくなりました。

最近聞いた話ですが、秋=寂しい というのは欧米的な発想が強いらしく、
伝統的な生活の日本人にとっては、実りの秋、収穫の秋、夏の暑さがやっとやわらいで過ごしやすくなる秋といういいイメージだったそうです。

もちろん、侘しく感じるような時もあったでしょうが。


冬といってもこちらは快晴のお天気が続き、見事な濃い青空の日が多く、日本海側の人に申し訳ないくらいです。

最近かわいい冬の帽子を買って、頭が温かく、また似合うようにも感じられて嬉しいです。

霜柱が立ったら、サクサク踏むのも楽しいですね。

冬は春に向けてエネルギーを蓄える時期でもありますし、藤十郎さんのご人生の中でも様々な楽しい冬の日があると思います。

♫如月さん

中国六朝の詩の影響で秋は寂しいといわれるようになったようです。「万葉集」の時代には秋は寂しくなかったようなのです。「あき」という言葉も「商い」に通じる、実りの意味があったともいわれます。
如月さんの帽子姿、かわいいだろうな、と想像しております。

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