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始末の極意 

昔、家の近所にお菓子屋さん、というよりむしろ「あられ屋さん」というべきお店がありました。そこでは昆虫採集のケースの大型みたいなガラスの入れ物がずらっと並んでいて、その中にさまざまな「おかき」「あられ」「せんべい」が入っていました。販売方法は量り売りで、「100g○○円」というような札が置いてありました。お客さんが「このあられを200gちょうだい」というと、お店の人がガラスケースのふたを取って小さなスコップのようなもので紙の袋に詰めて重さをはかり「5gおまけしとく」とかなんとかいって売っていました。紙の袋は薄いもので、それをくるくるっと回して上の部分をひねるようにして渡していました。
買った人はそれを家に持ち帰ると

    湿気を避ける

ためにあられを入れる木製の丸い容器(あれ、なんていうのでしょうか。ご飯を入れるおひつの小型のようなものです)に移し替えていました。食べるときはその容器のふたを開けて食べて、また閉めておく、ということを繰り返して湿気を防いでいたのです。おそらく当時のホームドラマや映画を観れば、そういう場面があるでしょう。
今や、そんな風景は見られず、プラスチックの袋に入ったスナック菓子がスーパーなどに山積みされています。大袋であれば途中で食べ終わったら上部を少し巻くようにしてせんたくばさみ(笑)でとめておけば湿気はかなり避けられます。いや、今やそんな必要はありません。中の空気を出来るだけ抜いて上部にあるレールのようなものをプチプチッ、キューッと押さえておくとそれでOK。まったく便利というか、横着というか。もっとすごいのは「個包装」で、大袋の中に小袋が入っていてその中にお菓子が入っているという仕組みです。もうプラスチックだらけ。念の入ったことです。
去年の夏からでしたか、スーパーなどのレジ袋が、できるだけ使わないように、という意味で

    有料化

されました。世の中、プラスチックだらけですから、それだけではたいした効果はないでしょうが、それでも少しでも減らすことは必要だろうと思って協力しています。
阪急百貨店の店員さんが言っていましたが、マイバッグあるいはエコバッグというのでしょうか、自前の袋を持ってこなかった人が買い物に来てレジ袋を要求され、「3円いただきます」と言ったら「阪急ともあろうものがそんなけちくさいこというな。ひとつくれ」と言われて困ったそうです。その店員さんは肚の中で「けちくさいのはどっちやねん!」と怒鳴ったそうです。でも規則なのでどうしようもない、と返事をしたら、その人は「もういらん!」と言ったかと思うと、買ったものをはだかのまま

    両手で抱えて

帰ったそうです。昨日までタダだったものを有料化されると、3円でも嫌がるという、不思議な人間心理ですね。
私も当初はマイバッグを持って行くのを忘れてよく3円払っていましたが、最近はどこへ行くにも「何か買うことがあるかもしれない」と思って袋を持って行きます(笑)。このバッグというのがよくできていて、とても小さくたたむことができます。かさばらないのでポケットにも入るくらいです。
しかし、あのレジ袋はゴミ捨てに重宝しましたので、私の家では無駄にすることはありませんでした。今はやむを得ず専用のゴミ袋を使っていますから、私の家に限るとあまりプラスチック削減にはなっていません。でも、多くの人はコンビニで何かを買ってすぐに食べてレジ袋もポイと捨てていたはずですから、やはりかなりの効果があったのでしょうね。
もっとも、こういうことをいちいち環境省から言われなくても、なにごとも常に各自で始末するべきなのです。そういえばもう「倹約する」という意味の「始末する」という言葉ももはや若い世代の人には伝わらないかもしれません。落語に「始末の極意」がありますが、あれは時代を先取りした提言だったのかもしれません。

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コメント

始末屋

そういえば「始末屋」という言い方がありますね。

ケチだ、という代わりに「あの人は始末屋だから」というと、本人の耳に入っても耳ざわりがよかったりして。

https://thesaurus.weblio.jp/content/%E5%A7%8B%E6%9C%AB%E5%B1%8B

🎵如月さん

古い関西の言葉では動詞の「始末する」で「倹約する」の意味を表しました。今はあまり使わない言葉だと思いますが。
落語では、始末の極意を教えてほしいと言われた人が、それなら木に登って枝にぶらさがれ、と言い、「片手を離せ、小指を離せ、薬指を離せ、中指を離せ」と次々に手指を離させます。今、男は親指と人差し指で輪を作るようにして枝を握っています。次に「人差し指を離せ」といわれ、男は「落ちてしまうから離せない」と答えます。すると「これ(指で作った輪、つまりお金の意味)を離さんのが始末の極意じゃ」でサゲ(オチ)となります。
この話は『阿育王経』にある「樹の因縁」を元にして作られたようです。

藤十郎さん

元々仏教関係のお話なのですね!お詳しくありがとうございます。

見事に大阪的なお話になっていますね。


中村元さんなどの仏教の本を読んだことがあり、アショーカ王(阿育王)の豹変ぶりが好きで、色々検索してみました。


>アショーカ王は、古代インドにあって仏教を守護した大王として知られる。

>アショーカ王はその惨状(カリンガ戦争)を見て深い悔恨の情を起こして、「戦争から平和へ」の大転換を行い、それ以後は戦争をやめ、深く仏教を信仰するようになったという。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%AB%E7%8E%8B


深く反省して行動をガラッと改められたところがすばらしいですね。

これが本当の「君子は豹変す」ではと思います。

♬如月さん

豹変してほしい人がいっぱいいて困ります(笑)。
変わらないのがいいことなのだ、と思っている人が多いですね。

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