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役者らしい役者 

私は歌舞伎をもうすっかり観なくなってしまいましたので、何も語る資格はありません。もともと、チケット代が高価なこともあって、かろうじて見ることができるのは二階や三階の奥とか、いい席で観るとすればそれはたいてい自治体が後援する地方公演や学生対象の鑑賞教室でした。早い話が、チケット代が滅法安い場合に限られたのです。それらの公演は神戸文化ホール、大阪厚生年金会館(今のオリックス劇場)、広島のアステールプラザなどで拝見しました。鑑賞教室はいつも我當さん一門の会でしたが、個人的に行ったこともあったものの、ほとんど学生の引率という形でした。その場合は仕事でしたので自腹を切ることはありませんでした。
歌舞伎役者さんを見ていると、かなり

    こき使われている

のではないかと心配になってきます。だからというわけでもないのかもしれませんが、十二代目団十郎、十八代目勘三郎、十代目三津五郎といった、まだこれからというような人たちが若くして亡くなりました。また、歌右衛門を襲名するという話になったかと思うと当代福助丈も倒れられました。私が最初に関心を持った役者さんであった澤村藤十郎丈ももう舞台に上がることはなくなりました。当代仁左衛門丈も、孝夫時代に重い病気をされて大変苦労なさいました。
もちろん、ある程度の年齢になったら誰しも病気のひとつくらいはするものです。歌舞伎役者の場合、一般サラリーマンの定年以後も主役として舞台で動き回り、また指導もしなければなりませんから大変なことです。それはわかるのですが、負担が重すぎないだろうかという思いもあるのです。
これまで私が少ないながらも拝見してきた役者さんで、もっとも役者らしい役者というと、播磨屋、

    二代目中村吉右衛門丈

です。
テレビでも活躍されましたので一般的にもよく知られた役者さんですが、背は高く、声も姿もよく、とにかく芝居上手。同年生まれの当代仁左衛門丈よりも早く人間国宝に認定もされました。初めてこの人を舞台で観たのは、私がまだ学生のころで、南座の顔見世で「大石最後の一日」をなさったときでした。このときはほかにも十七代目勘三郎の「松浦の太鼓」「身替り座禅」、十三代目仁左衛門の「野崎村」などもありましたが、圧倒的に印象に残ったのが播磨屋の大石でした。幕切れで切腹の場に向かうべく花道にかかったときに、この芝居のテーマである「初一念を通す」というセリフをおっしゃった場面は私のわずかな歌舞伎鑑賞の中でも出色のひとコマです。
その播磨屋さんが今年は体調不良で正月から休演なさり、案じられていた矢先、3月28日に救急搬送されたというニュースが流れてきました。以前、80歳で『勧進帳』の弁慶をやってみたいとおっしゃっていたように思います。
まったく事情は分かりませんが、どうか無事回復なさいますように。

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コメント

機嫌の良い役者

初めて劇場で歌舞伎見物したのが道頓堀・中座。吉右衛門さんが座頭でした。吉右衛門さんのペンネーム・松貫四脚本の「再桜遇清水」(さいかいざくらみそめのきよみず)で、高僧の清玄が、姫に心うばわれて堕ちていくというお芝居です。かれこれ観てから35、6年になりますが「楽しかったなぁ」と今でも思い出せます。
それにしても松竹は役者を酷使しすぎです。ブラックですよ。私は吉本嫌いの松竹贔屓なんですけども。

🎵やたけたの熊さん

酷使されるほど人気があるという意味では、歌舞伎にとってはめでたいのかもしれませんが、役者さんも生身の人間ですからね。
いつの間にか、仁左衛門も76歳、玉三郎も古稀。無理は禁物です。

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